苛烈男~楽観男

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
私は彼に激しく怒った。 それは、彼が悪いからだ。 彼は俺を軽く扱った。 二年前のある冬の日。 その日は、朝から非常に寒く俺の住む住宅街も夜中から落ちてきた霜で、辺りは白くなっていた。 俺は、いつものようにカシミアのマフラーと、ワニ皮のコートを来て仕事場へと向かうところだった。 俺はいつものように公園の中をショートカットした近道を通って仕事場に行く途中だった。 その時、彼が突然俺の背後から現れて、「よう、ワニ皮の大将!」 と肩を軽く叩いて向こうへ行ってしまった。 俺は彼のその軽率な態度が頭に来て、去り行く彼の後ろ姿を睨み続けた。 仕事場のある工場に着いた俺は、タイムカードを押したとき、後ろから同僚に声を掛けられた。 「おい、肩に何かついてるぞ。何つけてるんだお前。」 俺は首を後ろに向けて自分の肩を見たら、白い紙が張ってあるのが分かった。 「何だこれ。」 俺は、肩についたその紙をはがして手に取った。 その紙には (俺はおしゃれ日本一!)  と書いてあった。 「お前はファッションリーダーだな。」 と言って同僚はそれを見て笑った。 俺は吠えた 「誰だ、こんなことしやがったのは!」 同僚は 「怒る姿もオシャレだね。」と茶化した。 「ふざけるなおい、誰に向かって言ってるのか分かってるのかおい!」 俺は我をなくしていた。 「そう怒んなよ。オシャレ番長。」 その同僚の言葉に、このやり取りを見ていたちょっと意地悪な女の笑い声が少し遠くから聞こえた。 俺はそんな、同僚の態度が俺は気に入らなかった。 大声で俺は吠えた 「もういっぺん言ってみろ、この野郎!」 同僚がさらに茶化した 「オシャレ番長ー。次はここの工場の作業着をコーディネートしてよ。」 その後のことは俺は覚えていない。 しかし、大声を出して暴れたような記憶だけはある。 その時俺を馬鹿にした同僚は、何処かに消えてしまっていてその場にはいなくなっていた。 その場にいたのは、遠まきに俺をおびえるような目で見ている数人と、暴れる俺を止めにかかった、 ほかの部署の上司と、しっかりものの後輩の一人だった。 そのあと直接の上司に呼び出された俺は、事のあらましを説明し、みんなのいる職場で、汚い言葉で大声を出したことを謝った。 大きな声を出して関係のないみんなに迷惑をかけたことは反省した。しかし、ワニ皮のコートに紙を張っ た彼と、俺を茶化した同僚のことはどうしても許せなかった。  作業場に戻った俺はいつものように、仕事をこなした。 昼休みになり、社員食堂で野菜炒め定食を食っていると、 「いいですか?」と言って 定食のお盆を持ちながら一人の男がよって来た。 口に笑みをたたえたその細身の男は、俺の左隣にすわりお盆を「どうも。」と言ってテーブルに器用に置いた。 俺は、返事もせずに飯を食っていたが、その男は話しかけてきた。 「いやー、大変でしたね。朝。えー、見てましたよ。ねぇ、ひどい奴ですね、あいつ。わたしも、見てましたけど、ありゃひどいですよ。あんな風に言われたら、そりゃ誰だって怒りますよ。うん、それを なんか、あなただけ悪者みたいになっちゃったじゃないですかぁ。一番の被害者はあなたですよ。 あなたが謝る必要はなかったんですよ。ほんとに。」 俺は、そいつを横目でチラッと見ながら 「おい、なんだ。」と言った。 その細身の男は俺が一言しゃべると、10倍くらいの言葉を返してくる。 「いやいや、どうもすいませんです。どうぞ、食べててください。私も、野菜炒めにするか凄く迷ったんですが、昨日とおとといも食べたんで、さすがに三日連続はきついですから今日はミートボールにしてみたんですよ。えぇ、でも、野菜炒めもやっぱり美味しそうですね、それにすりゃよかったかな。」 俺は、返事もせずにコップの水を飲んだ。 「そうなんですよ。えー、それで、あいつ、結構嫌っている人多いですよ。だからね、あなたはほんと怒られ損ですよ。ああいう、要領がいいだけのやつが得して、あなたみたいな、真面目な一生懸命なひとが報われないって言うのは、なんとも、この会社の風潮というか、この雰囲気といいますか私も常々嫌気が差してましてねぇ。あっちょっと失礼しますよ。いえいえごゆっくり、お食べくださいね。」 と言ってその細身の男は、手をつけようかと言う自分のお膳をそのままに、せこせこと立ち上がって席をはずした。俺はそんなことは気にせず飯を食い続けた。 すると、すぐに細身の男がもどってきた。両手には水の入ったコップをもっていた。 「どうも、失礼しました。どうぞ、どうぞ、よかったらどうぞ。」 と言ってその男は俺にコップに入った水を差し出した。ちょうど、俺は自分で持ってきた分の水を飲み干したところだった。 「おや、おや、おや、おうなんだ、ノリ君どうしたの。えぇ珍しいね。あっ、すみません、ちょっと私の連れが来たもんで、では失礼します。では、また。」 と言って、よくしゃべる男は自分の友達をみつけ、まだ手をつけていない自分のお膳を持って俺の前から離れていった。 しかし、少し遠くのほうから甲高い、細身の男の誰かと話す声は聞こえ続けている。俺にはその声は雑音にしか聞こえなく、けったくそが悪かった。    俺は、野菜炒めを食いながら思った。 (今日の昼飯はまずい。くそまずい。こんな、まずい飯を食わせやがったのは奴らのせいだ。)    注)奴ら=彼、同僚、細身の男  イラついた俺は発狂しそうで今にも「あーーっ。」と叫びそうになったとき。 「こんにちは。」と突然現れた後輩が後ろから声をかけてきた。後輩は直立で緊張した笑顔だった。 俺は、後輩のなんともいえない純粋な感じに癒された。 「おう。元気か?もう食ったのか?」 「あっ、いえ。今からです。」 「じゃあ、飯を持ってきて、ここへ座れよ。一緒に食おうぜ。」 「あっ、はい、ありがとうございます。ご飯持ってきます。」 「おう。」 後輩が、お盆の上にカレーライスを持って、帰ってきて俺の前に座った。 「なんだお前、また今日もカレーか?カレー好きだなぁ、この前もカレー食ってなかったか?」 「あっはい。」 「カレーばかりだと飽きないか?」 「あっ、いや、そんなことないです。毎回カレーはちょっときついですが、毎日でも大丈夫です。」 「ほんと、カレー好きだな。」 「あっ、でもカレーより、寿司の方が好きです。この食堂は、寿司が置いてないので、カレーです。」 「ははは。そうか、そんなことより、早く食えよ。」 「はい。・・・あっ、すみません。スプーン持ってくるのを忘れました。すぐ持ってきます。」 「おうなんだ。謝ることないだろ。はやく持って来いよ。」 「はい。」 と言って後輩は小走りにスプーンを取りに行った。 しばらくして、もどって来た後輩は、 「よかったらどうぞ。」 といって俺の前に水の入ったコップを差し出した。 「おい、よく見ろよ、俺の水はまだあるだろ。」 さっきの細身の男が俺に持ってきた水が、まだ、目の前にあったから、俺は怒りもせずに後輩に言った。 「あっ、すみません。じゃあ、それ、僕が飲みます。」 「いいよ、せっかく持ってきてくれたんだから、そこに置いといてくれよ。後で飲むから。」 「すみません。」 「それで、お前スプーンはどうした?」 「あっっ、すみません。忘れてきました。」 「ははは、何しに行ったんだ。はやく、とって来いよ。」 「はい。」 後輩は、また小走りに今度は本当にスプーンを取りにいった。  昼飯の時間が終わり、午後の作業が終了し帰宅の途にあった俺は、いつものようにいつものようにカシミアのマフラーと、ワニ皮のコートを来て冷たい夜風に身を震わせながら、公園の中をショートカットしていると。 突然、朝俺に声をかけてきた彼が現れ、また俺の後ろから、 「よっ、カシミアの社長!」 と言って、ポンと俺の後頭部を触った。 その瞬間俺は、 「てめえかぁ、この野郎!」 と言って 彼の襟首をつかんだ。彼は必死に逃げようとしたが今度ばかりは許せなかった。襟クビをつかんだまま公園の冬の枯れかかった芝生の上に彼を組み伏せた。 俺は、 「てめえだろ、この野郎、俺の背中に何しやがった。許さんぞ!」 彼は叫んだ「たすけてー!!」 俺は、「うるせー、また、いま俺の頭を触ってなんかするのか!」 彼はなおも叫んだ。「たすけてー。」 俺は「助けてだぁ!ふざけんなこの野郎!」 彼は。「殺されるー!」 そんな状態で、私は彼に激しく怒った。 それは、彼が悪いからだ。 彼は俺を軽く扱った。 大声を聞いて近所の住民が通報したらしい。 駆けつけた、警官に取り押さえられた。 会社をクビになって二年。 俺は、後悔していない。 <~苛烈男 楽観男~終わり>
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!