出戻り

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『大丈夫ですよ』 涼音はしっかりと涼の手を繋いだまま、声を潜めた。 ――随分と大きな手になったものね。 覆い隠されてしまうほど伸びた背を見上げ、少しばかり寂しさが募った。 ――私の知らない涼が増えていくのね。 密やかにそんな物思いに耽る涼音は勿論、涼にもまるで気づかない様子で、スッと目の前を秋時は過ぎて行く。 「俺にも何かしているのか?」 『私と手を繋いでいる間は涼も隠形しているの』 声は聞こえてしまうからね。と、口元に人差し指を添えて説く。 『姉さんは本当に陰陽師なんだね……』 涼はそのまま涼音の手を引いて、ほど近い空いた部屋へと招き入れた。 「お帰り、姉さん」 四年前よりもずっと凛々しく成長した弟の(りょう)を改めて眺めた涼音(すずね)は、綺麗に手を添えて小野の次期当主に頭を下げた。 「ただいま戻りました。あなたの領地での活躍は、都においても耳にしています。立派になられ、涼音は姉として誇らしい限りです」 言葉の通り、まるで眩しいかのように目を細める。 「そういう姉さんはあんまり変わらないね」 少しくらいは褒められるところもある筈では?と、涼音は頬を膨らませた。 「あははっ。やっぱり変わらないじゃないか」 まだ言うかと、皮肉を歌に込める。 『久しくて 言うに事欠き 姫小松とは 万代を経ても 色も変わらず』 (久しぶりに会えば、掛ける言葉が無いあまりに、時を経ても変らない松と同じとはね) そっぽを向いた涼音の揺れる短い髪に、涼は少し沈んだ表情になる。 「変わらないよ。姫君らしくない姿のままだ」 狩衣装に相応しく、高い位置で束ねたそれは腰にも満たない程の長さ。麗しくも、年端の行かぬ少年の姿(なり)だ。 「(はな)かららしくなかった。そうは思わない?」 是とも否とも応えずして、涼は話を変えることにした。 「残念ながら父上は沙雨(さう)の郷里に招かれていてね。……多分、恐ろしく呑んだくれているよ」 苦笑いする涼に、「でしょうね」と、涼音も同じ顔つきになる。 双子の母は既に存命でない。 お産の肥立ちが悪かったのか、双子が三つになる前に儚い人になっていた。父、義治は、後妻を勧める皆の進言にも首を縦に振らなかった。 『あれが命を賭した双子は、皆で育て上げればよいのだ。よもや出来ぬとは言わさぬぞ?』 お陰で双子は臣下だけでなく、ひいては領民の手も相まって慈しまれて育った。 「俺の妻、沙雨(さう)に会ってくれるか?」 「あなたの姉と名乗って障りが無いお方なら、是非に」 「ああ。沙雨なら大丈夫。姉さんのことを他言することなど無いよ」 妻の名を口にする涼が思いの外優しい眼差しをするので、涼音の方が何だか面映ゆい。 思わず扇で面を伏せていた。 「?」 「うんん。お幸せそうで何よりよ」 気を取り直して、にっこり微笑んだ。 そして、三本指をついて言祝(ことほ)ぐ。 「おめでとうございます、次期当主。この姫小松が末永く祝福を」 「ありがとう。姉さんもね」 四年ぶりになる姉弟の一時だった。
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