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二人の御前を辞して、すぐに帰路に就く筈だったのだが、涼に慌てて留められてしまう。
「何を言っているのさ?せめて今夜くらいは泊って行きなよ。対の屋の客室を使えばいいよ」
火車で帰れば直ぐだと告げても頑なに涼は譲らない。揚げ句、湯殿まで使うことになってしまっていた。
「側仕えに宛がうは新参の者だからさ」
涼音を知らぬから安心してよいと、押し切られてしまう。
「私の御許が露見すれば不味いと分かっているでしょうに……」
困ったものだと思えども、引き留められるのはやはり嬉しくて、言葉に甘えることにした。
――心配……は、していないか。
おそらく九十九神らと吞んだくれているだろう。それを承知で菓子折り迄用意してあったのだからと、此処にいない鬼神をまるで夫の様に想う。
――ふふっ、随分と沙雨殿に影響されてしまった。
頭を振って、遠く空を仰いだ。
昼下がりに赴いた筈なのに、既に一番星の輝く薄墨へと、その様を変えていた。
「若様に、これより先の案内は要らぬと申し付けられております。これより先は別に控えた者が居ります故」
介添えだった女房は頭を下げて下がってしまった。
──……?
訝しく思いながらも、かつて知った屋敷だ。迷うことなどない。そのまま先へ歩を進め、既に整えてあるからと、あてがわれた部屋に向かう最中の出来事だった。
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