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ピシャッ!!!
行き場の無い怒りを表すかのように、龍の巣の如く稲妻が空を彷徨う。
ドォオン!!!
抱え込む憤りのままに地を貫く。
現世を彷徨っていた早良親王は、穢れを呼び込む呪詛に引き寄せられ、眼下にある小野の領地を眺めていた。
「我を誘うものがいると思えばまたここでも呪詛か……飽きぬことよ」
――いつの世も人の世は変わり映えなどせぬな……。
「最早、人ではない無い我が身が心地良い」
陰の引力を持つ己を引き寄せたことで、呪詛は図らずとも強まる。更に雨足は激しく地を打ち付けていた。見下ろす眼下で、人が騒ごうが、死のうが、気に病むなどと露ほども無い。
「我は歯牙にもかけぬ……滅びたいなら、勝手に滅べばよい」
吐き捨てた言葉とは裏腹に、そんな最中でさえ、目を惹く者がいた。
「早くっ!土嚢を詰めるだけ積みなさい。この川を切らせてはならぬ!」
白い顔に泥を跳ねさせ、男衆に混じって激する妙に浮いた子供。
その口調からして身分ある者と知る。
「上手だけでよい。下手は捨てよっ!!!」
「ふ、ふざけんなぁ!!!俺らは下手にある者だ。下手は流されて、ええちゅうだか!?」
領民の一人に胸倉を掴まれ、子供は軽々と宙に浮く。
「助けられないっ!間に合わなければ、もっと多くを失うっ!」
「うるせぇ、俺らの家がある、田畑もだっ!」
「命さえあれば、残った田畑で明日を見られる。すべて失えば、皆死ぬっ!!!」
下手の者らの避難は既に当主らの手によって、進められていた。しかし、それも逃げ切れる者らだけ。上手だけの食糧で全てを賄える筈が無いからだ。
「争う暇があれば、疾く積めっ!!!」
唾を浴びせるかのように命じる子供の首を、男は締め殺さんばかりに引き絞り、断腸の想いでその手を離した。ぬかるみに落とされた子供は気を失っているのか、暫く動けないままでいる。しかし、それに構う者は一人としていない。皆が皆、今を生き抜くことに必死だった。
「ひっ……、姫さまっ!!!」
――はぁ?姫だと?
ようやくそれに気付いた従者は、子供を抱え起こして頬を叩く。
「ど、土嚢を……」
上手だけに土嚢が積まれていく様に、安堵の息を吐いて、子供はほのかに笑った。
泣いているようであるのに、確かに笑ったのだ。
『くっ、くっ、はははっ』
よもや笑うとは。
『これは、面白い娘を見たわ』
あれの顔が絶望に染まり切るのはどこか、いつしか目を細めて追っていた。
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