護る者の眼

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「何だ?お前もおっ母がいないのか?」  そう言って笑った人の子の前歯は無かった。 生え代わり時期はとうに過ぎている。痩せたその腕は骨ばかりだと言うのに温かく、不思議に思ったのを覚えている。 「朔、仕事に行ってくるな」 (さく)と名付けたのは(じん)だった。仁の仕事はいつも決まって夜にある。 「朔――月のない夜が安心なんだ。へへっ、お前みたい」 人目を憚り、忍んで掠め盗る。それが仁の仕事だった。それのお陰で朔も飯にありつける。 『にゃあ』 いつも通りに返事をして、仁の帰りを待つのが朔の仕事だった。仁の帰りを待つのは何も、朔だけではない。なのに仁の家は仁が居ないだけで冷え込んでいる。 「今日の()り分は?」 お(やかた)と呼ばれるそいつは、心底嫌な奴。仁は何故こんな奴と一緒にいるのか朔には理解できない。仁に歯が無いのはこいつの所為だと知っている。 「今日はこれだけでした。勘弁してください」 仁は盗み分の全額を出して頭を下げた。 ブンッ 風圧の音さえ聞こえそうなお館の長い腕が仁の頬に(しな)って、仁は弾き飛ばされた。 「お前、気ぃ(たる)んでるんじゃないのか?猫にやる飯があるなら、もっと気張れや」 棒っ切れの様に転がされた仁は決して歯向かわない。目も合わさない。やり過ごせることをただ祈るだけだ。  けれど、今日は虫の居所が悪かったのか、お館の折檻はそれで終わりを告げなかった。疲れるまで仁をひとしきり蹴って、ようやく収まった。 『自由に生きろよ、仁……。こいつは駄目だ。きっと仁を駄目にする』 そう思うのに、何もできない。猫の朔は仁に縋るだけ、何の力も無いただの猫。 『俺が舐めれば、仁の傷が癒えればいいのにな』 そんな神がかった力も無く、朔は仁をただただ舐めて願う。 『仁、逃げようぜ。お前、此処にいても死ぬだけだ』 「……朔。すまねぇ、今日は飯抜きだ。俺、次はデカいのを狙うよ。一緒に腹いっぱい喰おうな」 仁は笑って、朔の頭を撫でた。
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