護る者の眼

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―*―*―*―*― 「もし、『鞍馬小天狗』と噂に聞く者とお見受けしますが如何に?」  ここは霊山と名高い鞍馬に構える大社。  涼音は毘沙門天(びしゃもんてん)を祀る本堂で、ありがたい説法を聞き終え、これから洗心の間にて写経を試みるところであった。引き留める顔には見覚えがある。山麓にほど近い、九十九(つづら)折り山道にある一坊の住職だ。 「はい。噂は噂。ですが、それを指すは私で間違いありません」  この頃、まだ陰陽師と名乗ることがおこがましい身の程の涼音は、僧正ガ谷と呼ばれる山道より更に奥の深山にて、人ならざる者――『妖かし』『物の怪』と、人が呼ぶ者らを相手に修行を積んでいた。こうして社寺を回って仏道を学ぶことも日課であり、徐々に顔見知りも増えて来ている。 「化け猫退治ですか?」 住職は、涼音の前に白湯と茶菓子を置きながら頷いた。置いたそばからそれが消え失せたことなど気にも留めないほどに、住職は神妙な面持ちで涼音に頭を下げる。 「お願いします。夜毎、この坊に現れる物の怪を滅していただきたい」 近頃ではこうした依頼を受けることが増えた。それは涼音が陰陽師として成長している証と言える。 「喜んでお引き受けいたしましょう」 説法を聞いて心洗われたばかりの涼音は、良き返事で応じた。 『チッ、面倒くせぇな……』 耳に届いた口汚い主は、徒人(ただびと)にも涼音にもその姿を見せてはいないが、傍にいるだろう鬼神だ。 『菓子を馳走になったではありませんか』 小声で諭す。
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