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そしてそれは、いつもの夜。
難所である峠を越えたところの麓にある温泉宿場で、少し気を緩めていた時であった。
「野盗だっ!!!」
誰とも分からないその声に、川仁は己の太刀を手にした。行燈を吹き消し、庇の柱の陰に身を潜めた。事の次第を確かめようと闇に目を凝らす。数人の厳つい男らが、目の前の垣根を横切っていく。小さな宿場を包囲する襲撃者らに焦りを覚える。
――ちっ、数が多い……。
「命欲しければ、金目のものを捨てて行けっ!歯向かえば容赦はしない」
頭らしき男の隣で、頭に被り物を巻いた男が反り返った海賊刀を振り翳して、通り一遍の口上を述べた。
ヒュッ
突然の風切り音に、音の先を視認する。
『歯向かえば』などと言いながらも、生垣を抜けて逃げようとする商人らしき旅人の背を、宿場の屋根の上から射抜く者がいたようだ。
「ぐっ……!」
見事に肩を射抜かれた男は前のめりに倒れ込み、手にしていた風呂敷包みを取り溢した。転がるのは月明りに映える上質の反物。絹と知れる。
「馬鹿めっ、捨て置けと言った筈だろう?」
野盗らは狩ることに恐ろしく手慣れていた。統率が取れ、各々の役目をきっちりと分担している。宿場の出入り口は事前に把握され、抜け出すことは不可能に思われた。
『やれやれ、落ち着いて温泉に浸ることも出来ないじゃないか……』
いつの間に傍に来ていたのか、小声で落ち着き払った悪態を零すのは弓削だった。
「ばっ(莫迦っ)!!!見つかるぞっ!」
つい、大声で叱責してしまう。
――し、しまった……。
「うん、今ね」
弓削は困ったように肩を竦めた。
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