連れ合い

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「何だぁ?お前ら……。小童のくせに俺らと張り合う気か?」 「まさかっ。暴力反対っ!私は肉体派では無いのでね」 あっさりと白旗を立てるかの如く諸手を掲げる弓削は、どこまでも冗談めいて見える。 「ほう?お前、どこぞの若様か?否、お姫様だな?高値で売り飛ばせるぞ」 弓削の女のような相貌を、指を差して(かしら)は評した。 「お綺麗な、姫様。俺らの盛りのお相手でもしていただけますか?」 興じて、隣の仲間が女に跨るように腰を振る。 「ぎゃはははっ」 それを見ていた屋根からの連中の、下卑た笑いがこの中庭に落とされた。 「ああ?何つった?お前、引導を渡されたいのか?」 曲がりなりにも仏門に身を置く者だ。正に洒落にならない台詞が弓削の口から吐かれて、隣にいた川仁はギョッとする。口調ばかりかその人相も一変していた。 『風来如意(ふうらいにょい)(風よ、意のままに動け)』 天へ向けて掲げた手に小さな渦が生れる。弓削は煽られる袂を鬱陶し気に押さえながら、狙いを定めた。渦を巻いた風は弓削の掌から放たれ、弓を引き絞っていた者へと意思を以って襲い掛かった。 「う、うわぁあ」 足元の危うさから逃げ惑うなど不可能。哀れにも狙撃手らは地に転がり落ちた。 『我は乞う。あまねく神々、有象無象の輩から我らの姿を隠し給え』 フッと息を吹き掛けられ、面食らった川仁に弓削は告げた。 「さぁ、君の出番だ。川仁、あいつらを蹴散らせ」 簡単に言ってくれるものだと、目を眇めたが、弓削の告げた言葉の意味は直ぐに分かることになる。野盗どもに川仁の姿は全く捉えられていない。徒人(ただびと)が透明人間に太刀打ちできる筈もなく、川仁は簡単すぎるほどに野盗を順次殴りつけ、昏倒させることができた。その後を弓削が追っては綱に縛り上げていく……否、それさえも、途中で面倒になったようで、式神にこなさせていた。欠伸をしながら事が終わるのを待っているのかと思えば、へたり込んでいた。簡単に事を成しているようで、そうではないのだろう。 「ふ、ふざけるなよっ!!!」 怒りに叫んだのは夜盗らの頭だ。なりふり構わず、太刀を抜いて見えない川仁に振りかざした。それは川仁の頬を薄く切り裂いただけでなく、闇よりも黒い何かを漲らせ、川仁に掛けられていた隠形の術までを破った。 「そこかっ!!!」 振り払うように翻した刃は、川仁の首を刎ね飛ばした。蹴鞠のように転がる頭部。男はニタリと笑んで、その頭を怒りのままに踏みつけた。 「川仁っ!」 弓削の声に応えるように、太刀を一閃させる。 「あ……う?」 何が起きたか分からないまま、(かしら)の男は地に伏した。男の背後には斬られた筈の川仁の姿。 「悪趣味だぞ……」 「や、だってさ。模したのは君だったからね」  小さな人型の紙切れの頭が伏した男の足裏に張り付いている。無残に千切れた紙の胴体は、風に虚しく攫われていった。
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