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『うぉおおお』
狼狽えるよりも咄嗟に身を退いた。
突き出された頭の男の手には、白刃。
男は操られた傀儡のように刀に振り回されているようだ。
――この太刀は不味い……。
川仁の本能がそう告げている。
深追いすることなく、己の太刀を構えたまま川仁は間合いを取る。
一方で弓削は、その川仁を庇うかのように前に進み出てきた。
「その刀、何処で手に入れた?」
『殺すぞ。小童……』
焦点の合わぬ血走った目に、およそ話し合いは通用しないと知る。
――妖刀か……。
持ち主を魅了し、狂わせる。そのような代物に稀に出会うことがある。それを人は『妖刀』と呼んで畏れた。
「弓削、お前の力で俺を活かせ」
告げるや川仁は頭に斬りかかった。迷いなく上段、下段。手本と言えるほどの型通りの責め。
――こいつ……恐ろしいとか無いのか?
この僅かの間で、弓削の力に信を置き、己の為し得る仕事に徹する。
なかなか出来たことではない。
内心で呆れ半分、感嘆半分ながらに、弓削は何やら呪を口ずさむ。
『切れぬ鎖に抜けぬ楔、縛る戒め敵う敵なし』
ジャラ、シャラ、ジャラと何処からともなく、流れるような金目のかち合う音。狂ったように刀を振り回す男の身体に、いつの間にか這うように金の鎖が意思を以って巻き付いて行く。
剛腕を振り上げ断ち切ろうとすればするほど、鎖は太く、きつく、男を捕らえて離さない。
其処に川仁の太刀が男の利き手に振り落とされ、男の手から刀は零れ落ちた。刀を手放すや、糸が切れたように男は崩れ折れた。
「って、おいっ!触るなっ!」
男が取り落とした刀を何気に拾い上げようとする川仁を、弓削は慌てて制したが、後の祭りだ。既に川仁の手にはそれが確と握られている。
「ん?」
次いで、ごそごそと男の腰から鞘を外すや、キッチリと鞘に納めてしまった。そして、それを弓削に差し出した。
「お祓いでもするのか?」
何てことはないという動じなさ。
いや、そこは大いに動じて貰いたい。
「お前、凄いな。本当に色々凄いなっ」
何故か怒ったように告げる弓削に、凄いのはお前だろうと川仁は呆れてしまう。
しかしながら、弓削は差し出された刀を川仁に差し返した。
「それは川仁が持ってなよ。お前ならきっと御しきれる筈だ」
その言葉に遠慮も無く、川仁は刀に刃こぼれが無いか、再び鞘から引き抜き確認する。どうやら興味深々だったようだ。
刀は制した者(勝者)が受け継いで良い倣いになっている。
「綺麗だ」
刃こぼれ一つない出来に川仁は目を細めた。
初めて笑みを見せたその様に、弓削も笑った。
「ははっ。刀の方も川仁を気に入ったようだぞ。名を与えろよ」
「名?」
「ああ。名は楔になる。川仁と刀の縁を確かにする」
白刃に銘は刻まれていない。確かに無名とは寂しく思った。
「『鬼切丸』陰陽道など知らぬ俺に、その力を揮え」
これは、川仁の連れ合いとなった一振りの刀の話だ。
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