狐の嫁入り

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狐の嫁入り

 その日は、移ろいやすい気紛れな天候だった。  晴れていた筈の空から霧雨の雨が降り注ぐ。  菩提寺に参拝に来ているのは藤二(ふじ)と言う男。彼は川仁の古くからの友人であり、文官に向くような穏やかな性情は、川仁のそれと相反するのに何故か妙に気が合った。 「しまったな……。傘が()ったか」 袖で目に掛る雫を拭いながら社殿へ急いでいたが、ふと、そこで足が止まった。社殿より少し離れた小さな庵の(ひさし)の下で難儀している(ひと)に気づいたのだ。その佇まいからして高貴な身であることは察しがついたが、供の一人も付けていないことが不思議でもあった。 「足元に難儀しておられるご様子、私で良ければ手伝いましょうか?」 先にある社殿までお連れすれば問題ないのだろうと、声を掛けた。降り始めたばかりの雨はさほどでもないが、ぬかるみ始めた足元は滑りやすい。 「あ……ありがとうございます。ですが、お気持ちだけで」 雑色の者が傘を携え戻ってくると言うのだが、その影は依然として視られない。ここに一人残して去るのも忍びなく、藤二は共に雨宿りに付き合うつもりで許しを請うた。 「私の(ひさし)もありますか?」 「え、ええ」 どうぞと、女は端に身を寄せた。 「「……」」 互いに気まずい沈黙を交わしていたのだが、それは端から想定内のことだと、藤二は諦めたように降り止まない雨を仰いだ。 「「止みそうにありませんね」」 溜息交じりに共に告げた言葉も同じだった。 互いに顔を見合わせてしまう。 ふっ 吹き出したのは女の方で、袖で口元を覆いながらコロコロと鈴の音のように笑んだ。 一つ二つ藤二よりも年上のように思えたが、笑えば野に咲く(すみれ)のように愛らしい様に、束の間目を奪われていた。 「すいません。綺麗に同調したのが愉しくて」 にっこり笑みを向けられ、こちらも緊張を解いて同調した。 「これも御仏のご縁かと。名をお聞きしても構いませんか?私は橘藤二(たちばなのふじ)という者」 「そう、橘様。私のことは蓮見(はすみ)と」 家名を名乗ることはなかったが、別段気にはならない。 これが蓮見との馴れ初めだった。
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