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逢魔が時
官人陰陽師、弓削真人は卓に向かって写経に没頭している最中だった。但し、紙に写し取るそれでは無く、本当に卓の上である。そして、手にする筆には墨の代わりに水。
手元に日差しが入るように御簾は上げてある。乾いては、そこへ何度も上書きしていく要領で、一心不乱に書き綴り、高い位置にあった筈の太陽は、既に西に傾き始めている。並々ならぬ忍耐力と集中力のなせる業だった。
「今なら祓えるかもね」
目を細めて、突然の来訪者に目を向けた。
「ぬかせっ」
チリン
尻尾に結ばれた赤い糸から愛らしい鈴音をさせて、回廊の欄干の上に顔を覗かせたのはクロネコだった。
「へぇ。今度は鈴付き?あの娘らしいね」
秋晴れの穏やかな日和に相応しくない、底冷えする眼差し。
「何だ?妬いているのか?」
「だったら?」
不敵に笑むと同時に、卓上から浮かび上がる何千ともいう文字の羅列。『祓えるかもね』先程のその言葉が真実だと告げている。弓削が掌で空を扇げばそれらは螺旋を描いてクロネコを包囲した。弓削とクロネコだけが別次元にいるかのように外界を完全に遮断してしまう。
暗闇に浮かぶ文字だけが淡く発光している様は、遠く海に眺める漁火のように幻想的でさえある。弓削は口元で指印を結び、後は呪を紡ぐだけの臨戦態勢であった。
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