so sick

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 あたしって、もしかすると病気なのかも。……え、やだなぁ違う違う。身体はほらみてこの通り。至って健康だよ。ちょっと自慢なんだけどさ、あたし、この歳になるまで風邪なんか一回もひかずに生きてきたんだよね。  そうじゃなくってさ。あたしが言ってるのは、アタマ。脳の病。心の病なんてよく言うけど、あたしは心なんて器官、身体中のどこを探してもないって知ってる。だからあるのは、脳。思考する力。いやいや、そんな「イタイヤツ」見るような目で見ないでよ。こっちはわりと真剣に悩んでるのに。  そんな事を考えてる今はビルの屋上。煙草の一つでも吹かしていればかっこいいのかもしれないけれど、残念。煙草はちょっと匂いがキツくてさぁ。あたしは昼食後のご褒美、飴を口に含んで転がしてる。あぁ甘い。幸せ。  久々に休憩なんてしてるけれど、そんなのただの気まぐれ。あたしにはそういう決まりごとがない。ちょっと特別待遇してもらっているっていうか。勝手気ままにやっているというか。数日分のノルマは終わり、面倒な作業は自動化して、はいおしまい。可愛そうに他の人たちは、こうしろああしろっていうルールに縛られて、作業は進まず人件費だけ無駄にかけて、ストレスを無償で買っている。早死にしちゃうから気を付けて。まぁ、考えないで生きられるっていう点では楽なのかもしれないけれど。それってお仕事の出来ない人間の言い訳でしょ? あれ、違うのかな? まぁどうでもいっか。 それで……なんだっけ? ――そうそう、脳の病の話だったね。  あたしとしては一般的に言ううつ病とか、そういうのではないと思うんだけどね。だって、あんなの唯の思い込み。誰だって一度は「生きている必要があるのだろうか」とか「辛いことから逃げたい」って思うだろうし。それって普通のことだよ。だから別に異常でもなんでもない。それから逃げたいのなら、逃げればいい。甘んじてその場に居続けている方がどうかしている。だって、究極のところ、誰かが誰かを縛り付けることなんて出来ない。自由を求めて戦ってきた歴史の偉人たちを見なよ。え、じゃあ剣や銃を寄越せって? 別に、殺しあいをしろだなんて言ってないよ。それはあくまで昔の戦い方でしょ。ありとあらゆる物資、情報で溢れている今の時代なら、戦い方なんて幾らでも考えられると思うけれど。それをしないで甘んじているのに、いつまでも文句ばかり言っているのは、少し違うと思わない? まぁそういう意味では、自殺って肯定されるものだって、あたしは思う。だって、ずっと勝手に縛り付けられていたその人が、初めて自分の意志で死を決断したんだよ? それって「よくやった!」って褒めてあげた方が、その人の魂もうかばれるんじゃないかな。  何の話をしていたんだっけ。まぁ、つまり。はっきり言ってそういうのってものすごくどうでもいい。楽しいこととか嬉しいことがあったら、それだけでいいよ。理由なんてものがもし必要なら、生きていたいからってあたしは答える。辛いことがあったなら、解決方法を考える。ただそれだけのことだよ。どこか間違ってる? ……うん。確かに、誰かにとってはこれが答えではないのかもしれない。これはあたしの考えだからね。  そうだ、折角みんなそれぞれ違った人間として生きてるんだからさ、この際自分探しの旅にでも出てみたらどうかな。きっと悩みなんてどうでもよくなるよ。  なんて感じに、昼休憩を終えるその時、あたしは屋上であたしに群がるカラスに話しかけていた。話を聞いてくれたお礼に、食べ切れなかったパンのかけらをあげてたんだ。あたし流、休憩時間の有意義な過ごし方。休憩に飽きたら、またいつまで続ければいいかもわからない仕事をするのだ。 ひとり、黙々と。それがあたしの日常。 日常…。 日常かぁ……。そんなもののせいで、あたしは世界に溶けてしまって、とうとう誰からも見えなくなってしまったんだろうな。一番隅っこで無心で作業をしていれば、いつの間にか今日が終わって、帰ったらまたピーナッツと缶ビールを開けて、つまらないテレビを流し見ながらソファで寛ぐんだ。 ……親父くさい? 自分でもそう思うよ。  夕暮れなんかとっくに通り越して、夜の街。あたしは来月の大きな依頼に一人で対応するための作業をしていたんだけれど、それにようやく一区切りがついたので、帰ることにした。  ふっと顔をあげると、看板を持ったお兄さんは道行くおじさんに片っ端から声を掛けてて、スーツを着た金色長髪のお兄さんは可愛い娘を選んでは声を掛けている。  ええ、やだなぁ、悔しいとか思ってないよ。あたしは別に声なんて掛けられたくないし、掛けられたとしてもごめんなさいって断るだけだし。  お互い、嫌な思いはしたくないいでしょ? なんて考えてたら、眼鏡を掛けたおじさんに声を掛けられてドキッとした。勘弁してよ、見たらわかると思うけど、私は早く帰りたいんだよ。  そんなあたしの気持ちは一切伝わらず、あたしはひたすらあたしの隣を付いてくるおじさんに謝り続けた。 あたし悪くないのに!  そうして辿り着いた真っ暗な部屋。寂しいなんて思わないよ。別に初めから生きていたいと思う人はいないし、生殖を行う為にあたしが生まれたのならこんな自由はいらないのだけれど、煩わしいものが何一つないこの部屋は静かで、居心地がよかった。  電気をつければ、瞬間広がるあたしの居場所。そんな風に考えたら、なんだかこのボロアパートも愛しく思えたりしてこないかな?  ドカッと音を立てソファにダイブする。毎度の事だけれど、これが堪らなく気持ちいいんだよね。ここにポイントがあるのだけれど、こうやってゴロンってした状態でもお酒に手が届くように、お酒専用の冷蔵庫が直ぐ傍に設置してあるんだ。キンキン……とまでいかなくても、それなりに冷たい、ほっぺに当てたらひゃあっ、ってなるくらいには冷えたそれをテーブルに置く。 ここからがお楽しみタイムなわけですよ! プシュッと良い音を上げて口を開き、グビッとアルコールを流し込む。体に電流が流れたみたいで気持ちいーんだよなあこれ。 誰もいない部屋。 テレビの音とあたしの呼吸音と時計の音。 たまに聞こえるあたしの笑い声。  そんな音であたしの日常は作られている。結構質素な生活してるよね? そう思わない?  ただただ流れていくテレビ番組。画面の向こう、人々に愛される仕事をする彼らを見た。殺してしまいたくなるくらい憎い。憎い……とは、ちょっと違うか。何て言えばいいのかな。……そうだ、妬ましい。この言葉がきっと一番ピンとくる。まぁ、どうでもいいけどさ。 あぁきっと、あたしはこの平坦な日常に慣れすぎておかしくなってしまったんだな。 ぐすん、とお酒を一口。うん、おいしい。 君だけは、変わらないでいてね。 ずっとずっと、おいしいままでいてね。  やがて、テレビからあたしの意識は遠のいて、ぱたっとテーブルに突っ伏して夢の中へ旅立つ。  ぼんやりとする意識の中であたしは自分の空虚を認識した。 ――夢を見た。あたしが中学生くらいの時の夢。  当時のあたしは誰からも愛されたくて、一生懸命勉強したりお稽古したりしてた。 でも、あたしはいっつも二番手。何処にでもいるんだよね。敵わない人って。  それが悔しくて悔しくて、もっと一杯頑張ったよ。いろいろとね。 でも、どれだけ成績がよくなっても、コンクールで賞をとっても、あたしにスポットライトは当たらない。 いつの間にか、あたしはそういう人を憎んでた。  ずるい。貴方は何もしていないくせに、なんでも与えられて。可愛がられて優しくされて。そう思うようになってからは、あたしを見てくれない人達までもが憎くなった。  同時に、必死に言い訳をした。自分が勝てないのは、自分のせいではないのだと、自分自身を騙す為に。  だからあたしは人間が嫌い。多分世界中で一番に、ね。  ああでも、振り返るのは別に、そんなにつらくなんてないよ? でもだから、一人ぼっちで誰とも接しないようにして。  ずっと、ずぅっと、あたしはそうやってひとりで生きてきた。深いため息を吐く。 思い出。 思い出。 思い出。 そういえばあたしには、振り返って楽しい思い出なんてない。 友達とわいわいとか。 バレーにかけた青春……とか。 恋の話も。 なにも、ない。 なんで、どうして、こうなっちゃったのかなぁ。  そんな事を考えると、全然、ぜんっぜん意味わかんないんだけれど、涙が出てきそうになる。  でも絶対泣かないよ。だってそれって、負けを認めてるみたいじゃん。「お前の人生は、間違っているよ」って、言われてるみたいじゃん。  違う、正しいよ。なにもかも。あたしは何も間違ってない。きっと死んで生まれ変わったとしても、同じこと言うよ。同じ選択をするよ。だって、正しいから。 「……ふぁーあ……」  気が付くと、時計は深夜3時を少しまわったところだった。テーブルに突っ伏して眠っていたものだから、手から何からよだれでべったべた。そんなに良い夢は見てないのだけれど、口元はしっかり緩んでいたんだね。何だか悔しい。凄く不愉快だった。そんな気持ちをスッキリさせるために、シャワーを浴びる。温かな温度が私を包む。頭からシャワーを被り、髪の毛をわしゃわしゃと洗う。ああ、きもちいなあ。  だから、後悔のないように生きなければならない。あたしたに与えられてる時間の短さを考えたら、それは言われなくてもわかってしまうくらい当たり前なことの筈なのだけれど。  どういうわけか人は、やらなきゃいけないことをしない。例えば、ご飯を食べたり、睡眠をとったりすることさえも。最近じゃ自分で勝手に息をするのをやめてしまう人もいる。  でも、誰かにその事を咎める権利なんてないだろうし、別に構わないのかも? そんな事言うあたしも、もうどこか、感覚が狂ってしまってるのかな。多分これは、今世界中で流行ってる脳の病気。それの一種。  時間が経てば治るかなって思ってたけれど、無理みたいだよ。  あたしの世界は、小さく小さく同じ事を繰り返してる。輪廻みたいだねって言ったら、ちょっと頭良さそうに聞こえる気がする。あたしはまた、色んなことから逃げ続ける。未来はいつまでもそこであたしを睨んでいるんだ。 ――なに、また夢?――  あたしは直ぐにそうだと気付いた。見慣れた光景。誰かがまた、あたしを蚊帳の外にして称えられている。 死んじゃえ。 そう心の中で呟いた瞬間、世界がふっと暗くなる。 男の人も女の人も、叔父さん叔母さんお姉さんお兄さんお父さんお母さん。 皆が一斉にこっちを振り返りあたしを見る。 「「「お前が死ね!」」」 どこからが夢だったのか、よく分からない。情けないけれど、全身が汗でぐっしょりと濡れていた。 跳ね起きた時に、テーブルの角に足の指をぶつけたみたいで、鈍い痛みが全身に広がっていく。どうやらあたしは、テーブルに俯せて眠っていたらしい。  まだ起きるにはちょっとだけ早くて、どうしようか迷った結果、汗が気持ち悪いからシャワーを浴びることにした。  結局ろくに眠りになんてつけなくて、あたしは早朝のきらきらした街を散歩することにした。なんの気休めにもならないかもしれないけれど、何もしないよりはましだったから。  犬の散歩をするおじさん、新聞配達のお兄ちゃん、ジョギングしている少年。そんな人達とすれ違って、あぁ、ここはなんだか知らないところみたいだなって思った。あたしはどう頑張っても、その景色に溶け込むことは出来ないんだろうな、とも思った。  その輝かしい朝はあたしには眩しすぎて、結局その光に背を向けて、家に帰ることにする。そうだ、久々に朝ごはんを食べよう。最近朝はコーヒーだけだったからなぁ。何を作ろうか、面倒くさいからトーストでいいかな? ジャムやらバターやら、家にあったかなぁ。なかったらコーヒーだけでいいや。  結局コーヒーだけを飲み、いつもより少しだけ早く家を出て、職場で作業を開始する。  周りの音も一切聞こえなくなって、ひたすらに作業を続ける。そしていつの間にか昼休みなんて過ぎ去って、さらには夕日が出て紅く辺りが染まるまで。誰とも何も話さずに。そう、なんだか夢を見ているときに似てるかも?  だって、頭の中では一杯いろんなことを話しているのに、周りには誰もいない。 ……独りごと? ぶつぶつ口からでてたらやだなぁ、恥ずかしいじゃん。 「あの、事務所もう閉めるんですけど……」 「は、はぁーい、でまぁーっす!」  恥ずかしながら肩を跳ね上げてしまった。振り返りぎこちない営業スマイルを駆使し手を振る。因みに、営業なんかあたしはやったことがない。久しぶりの誰かとの会話だった。  見た事のない人だった。手入れされていないぼさぼさの短髪で、身長はそりゃあたしよりでかいよ男だし。これは偏見。でもすっごく身体細い。もやしっ子って、彼みたいな人のことを言うんだろうな。眼鏡の位置を正してから、ゆっくりと近付いてくる。 「お疲れ様です」 「キミ、何処の人? あ、新人さん? あたしは随分とここにいるけれど、他人との交流ゼロだからあんまり顔覚えてないんだよねぇ」 あたしが笑うと、彼も白い顔のまま薄く笑った。 「いえ、本日付でここを辞職する者です。デスクを片付けていたら、こんな時間になってしまって……事務所で経理をやらせていただいてました」 疲れた笑い方だと思った。潰れてしまったんだろうなきっと。眼鏡のレンズが、蛍光灯と夕焼けを反射して、ぐちゃぐちゃになっている。 「そっか。お疲れ様でした!」  彼にかける言葉が見つからなかったので、仕方なくあたしは笑いかけ握手を求める。彼は一瞬戸惑った後、あたしの手を柔らかく握る。冷たい手が、あたしの熱を奪っていく。 「僕は貴方を知っていました」 「え、本当?」 「よく屋上にいたでしょう。あそこは立ち入り禁止ですよ」 「あぁ、それで知ってたんだ。見逃してくれてありがとう」  すっと視線を合わせると、覇気の無い瞳があたしを見ている。この人は今、何を考えているのだろう。 「それに貴方は、社内ではかなり有名ですからね。幽霊みたいなやつがいると」 「あらら、そんな風に言われているのか。でも、人の評価には興味ないよ。あたしは」 「……そういう考え方が、僕も出来れば良かったんですけどね」 「ううん、あたしがあんまり気にしないタイプってだけだから。君、世の中は広いのだよ、世界には君の言う常識が通用しない世界もあるのだ!」  ちょっとふざけて言ってみたんだけど……あれ、逆に顔が引き攣っている。おっかしいなぁ、今のところで呆れたり、苦笑したりするのが、一般的な反応だと思ったんだけれど。 「貴方は、本当はとても面白い人なんですね」 「そんなこわーい顔して言われてもなぁ……ってそうだ、もう閉めるんだったね」 「えぇ、まだ作業するようでしたら……」 「あーいいや。最後はめんどくさいからあたしも出るよ。それにしても、今日は皆随分早いんだねぇ」  片付けをしながら彼に話し続ける。私が何か言うと、彼は無視することなく、ちゃんと答えてくれた。 「明日から業者の清掃が入るそうですから。もう僕には関係ないですが、三連休みたいですよ。丁度祝日とも重なりますしね」 「えぇ、そうなの? それくらい教えてくれてもいいのに」 「……まぁ、愚痴は外に出てからにしてください」 「と、ごめんごめん」  結局、あたしは彼と一緒に会社を出た。いつもより大分早くに出たからまだ外は明るみを帯びている。沈んでいく夕日を見ると、ゆっくり死んでいってるみたいだなぁって思う。そうやって今日が死んで、朝がまた生まれるの。とか言ってみたり。  でも未だに不思議。自分の立っている反対側にも、誰かが生きていて生活しているんだ。 「悪いね、なんだか待たせちゃったみたいで」 「いえ。一人だと出難いと思っていたので。ありがとうございました」  彼は事務所の扉に鍵を掛けた後、その鍵を隠し場所であるポストの中に入れて、少し照れながら言う。やっぱり名残惜しいのかな。 「そっかそっか。やっぱりやめたくなくなった?」 「いえ、そうではなくて……何だろう、悲しい、のかな」  そういう照れた顔して言う台詞じゃないと思うけどね。それが君らしさってやつなのかな。 「悲しくても後悔してないなら、あたしは君の選択は間違ってないと思うけどな」 「そうですかね」 「うん、そうだよ」  そんな会話をした後、二人で暫くビルを見上げていた。 「あの、」 彼が沈黙を破ったので、彼の方を見る。彼は泣きそうになるのを堪えて、あたしにこう聞いてきた。 「僕は……生きていて良いんでしょうか」  間髪入れずに答える。 「別にいいんじゃない?」  そう言って笑った。彼が強がって本当を隠すから、あたしも本当に言いたいことは伝えない。だって、人間って生き物に限らずにさ、どういうわけかこの世界に理由も知らされず生かされたあたし達には、君の質問の答えを持つ事が出来ないんだ。君はそれを知っていてあたしにそう聞いた。それってずるい。あたしの生き方を遠まわしに求めてる。そうやって意見を求めて、言い訳の材料にする気なんだ。あなたがあの時こう言ったから、とか、そんな風にね。  そんな卑怯者には何も答えないよ。あたしは善人ではないからね。  どうやら彼もあたしの言葉の真意に気付いたらしく、泣きそうな顔を更に歪めて息を深く吐いた。 「……生まれたことを、後悔したことはありますか?」 「ん~考えたことないなぁ。……あ、勿論、これからも考えないよ?」  彼がなにかを言う前に、あたしはそれを遮った。だから、だめだよそれ。反則反則。  そして彼は、すべての言葉を飲み込んでぼそりと呟いた。 「もっと早く、貴方に話しかけていればよかった」 「なに、もしかしてあたしに恋しちゃった?」 「……もう、いいです」  悲しそうなその言葉は、風に吹かれてあたしには届かなかった。どんなことがあっても、「ドンマイ!」と自分自身に言えたら、少なくとも生きていることは出来たかもね。あたしみたいに。  最後、呆れたみたいに笑った彼は、もう生きていなかった。 「バイバイ!」  そう言って手を振っても、彼からそれについての応答はなかった。 ……まぁいいや。早く帰ろっと。  え、それから? んー、わかんない。  ただ、連休中にビルから飛び降りた人間がいたみたいな話をしてる人がいたよ。でも、あたしには関係ない。仕方ないよ。  受け入れて欲しくても、辛くて寂しくて苦しくてどうしようもなくても、いつまでも手を差し延べられるのを待っていて、助けてすら言えない。 えぇ、あたしのせいで死んだんじゃないかって?  確かに、あたしが彼に優しくして、彼に助け船を出していたら、彼は死んでなかった。  でも、結局人はいつか死ぬんだ。それなのに、その限られた人生の中ではっきり言って必要性を感じない人間を無為に助けて、そのあとは? そのあとはどうなるのかな? あたしはずっと、彼が死なないように手を貸さなきゃいけないの? そんなの無理だよ。あたしの人生は一回きりだから、誰かに分けてあげたくなんかない。  それに、きっとそんな風にあたしが助けても、彼はきっとその内自分で命を絶ってたと思う。 でも。 でもね。 ちょっとだけ、寂しいよ。  あたしは休日の昼間から酒を飲み、もう流すことの出来なくなった彼の分の涙を流した。
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