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その日。
ぼくは小学校のグラウンドで、時間を忘れて友だちと遊んでいた。
けれど、ようやく日暮れの気配に気がついたぼくらは、慌ててランドセルを背負うと、我先にと校門を飛びだした。
ぼくは、校門前で友だちと別れて、一目散に家へ向かう。
その帰宅途中で、ふと、近道となる公園を通り抜けようと考えた。
鉄棒がひとつとブランコがひとつ、そして砂場があるだけの、小さな公園だ。
その砂場に、ひとりの見知らぬ女の子がしゃがみこんでいた。
幼稚園児ほどの、小さな女の子だ。
白いワンピースのような、ふわふわとした柔らかそうな服を着ている。
女の子の手もとには、透明のプラスチックのカップがあった。
あれは、ぼくも食べたことがある市販のプリンの空きカップではなかろうか。
その中へ、砂場の深いところから掘りだしたような茶色い砂を、ぎゅうぎゅうと詰めこんでいるようだ。
なにげなく足をとめ、その様子を見つめてしまったぼくに気づいたらしい。
女の子は、ふいに視線をあげた。
艶やかで黒い瞳の大きな目にじっと見つめられ、急にぼくは、居心地が悪くなる。
しばらくすると、女の子は手もとへ視線を戻した。
コンクリートで作られた砂場の縁の上にカップをひっくり返して、そっと持ちあげる。
ほとんど崩れることなく、砂はきれいに抜けて形を残した。
「あ、うまい」
思わず声をだしたぼくへ、女の子はパッと顔を向けると、目を輝かせた。
「ほんとう? きぃちゃん、じょうずに作れてる?」
「――うん。上手」
ぼくは、女の子のたどたどしい言葉と嬉しそうな笑顔に戸惑いながら、小さくうなずく。
「――あ、でも、もう遅いから、早く帰れよ。すぐに暗くなるぞ」
なぜか不安に駆られたぼくは、それでも年長組らしく声をかけてから走りだした。
次の日も、偶然同じ時刻に学校を出たぼくは、公園を通りかかった。
そして、驚くぼくの目に、その日に新しく作られたらしいカップ型の茶色い砂の山がひとつ、飛びこんできた。
プラスチックの容器は近くに残されていたけれど、女の子の姿はない。
その山を見たとたんに、ぼくの心臓は、どくんと大きな音をたてた。
そして、気づいたときには、ぼくはその砂を蹴り崩していた。
行かなくていいのに、ぼくはわざわざ次の日も、その時間に公園へ向かっていた。
同じように新しく作られたひとつの砂の山を見て、言い知れぬ怖さのあまりに踏みつぶす。
さらに転がっていた容器を拾いあげると、公園の外のゴミかごへ思い切り投げいれた。
しばらくぼくは、公園を避けた。
女の子の姿はないのに、できたての茶色い砂の山を見るのが怖くなったからだ。
それでも一週間ほどしてから、ぼくはおそるおそる公園の中をのぞきこんだ。
時間が経って、薄らいだ恐怖心よりも、好奇心が勝った。
そして、ひとつどころか公園中に数え切れないほど作られた茶色い砂の山を見た瞬間、ついにぼくは叫び声をあげていた。
へたりと力が抜けたように、その場に座りこむ。
しばらく両手で顔をおおったぼくは、やがて、観念したようにささやいた。
「――きぃちゃん。たくさん作ったね。あのとき、ほめたぼくの言葉が嬉しかったんだね。ああ、どれも上手に作れているよ。ぼくは、とっても満足だ」
その声が届いたのだろうか。
次の日の公園では、もう砂の山は作られていなかった。
END
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