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その9
試練の季節を越え、雪解けの水は村の小川を青々とした清涼な色に変えて流れ、新しい命の讃歌を歌うように春の花や木々の新芽がほころび始めたある気持ちのよい晴れの昼下がりに、王子はちょうど春の種まきを終えて休んでいたリーデルの元に赴いて、さりげない風を装いながら、ヴォロンテーヌの話をしました。ミシオン王子がこの村に滞在するようになって、ちょうど一年が経った日のことでした。
「ヴォロンテーヌはとても良い娘だな。あのように素晴らしい女性は、王宮の貴族や女官の中にもいなかった」
「それはそうでしょう」
リーデルは愉快そうに笑って言いました。
「貴族の中にこそ、いないでしょう」
「リーデル、きみは寛容で真面目な男だが、日ごろからあまり貴族というものを良い風には言わないな。きみは貴族が嫌いなのか?」
「いえ、決してそういうわけではありません。彼らの中には非常に優れた人物がいるということも知っております。しかしミシオン王子の前で言うのは何ですが、彼らの多くは先祖から受け継いだ身分や権利にあぐらをかいて、ほんとうに国に尽くすということをしていないように思います。特権というものは、それがあればあるほど、特権を持たない者に代わって大義に殉じるべきだというのが、わたしの信ずるところなのです」
「なるほど、全くその通りだろう。それはすべての貴族が肝に銘じなければならないことだな。やはりきみの慧眼にはいつもながら感服する」
「恐れ入ります。ただわたしは以前、少しの間でしたが兵士として王宮に仕えていましたので、そのときに多くの貴族の方々を拝見したのです。そうしたときに、立派な振舞の方々の方が退けられ、如才なく表面を取り繕うことに長けた方々の方が優遇されている場面を目にする機会もあったものですから、わたしの生来の真面目くさった気質がそのような信念を打ち立てたのでしょう」
「そうだったのか。しかしそれではきっと、きみはわたしのこともよく知っているのだろうな」
ミシオン王子は貴族たちの間で自分の評判があまり良くないことを知っていましたし、今しがたリーデルが言ったような不公平を王子自身が行っていたので、まるでその頃の自分を非難されたような気持ちにもなって、恥ずかしさと後悔のために、少しばかり沈んだ声で言いました。
リーデルは微笑んで首を振り、王子を澄んだ瞳でまっすぐに見ると、
「いいえ、わたしのような下級の兵士が、どうしてミシオン王子を存じ上げることなどありましょうか」
「しかし、評判くらい耳にしたことがあるだろう。実際わたしは兵士たちが陰で、わたしのような愚かな王子のために命を投げ出さなければならないことがあれば、そんな馬鹿らしいことはないだろうと言っているのを知っているのだ」
するとリーデルは真面目な顔つきになって、
「わたしは自分の目で見たことしか信じません。わたしの知るミシオン王子は、偏見の目を持たず、身分の差にとらわれることなく素直に人の意見に耳を傾けて自分を顧みられ、ご自分を高められることに熱心なお方です。それもすべて良き王になるためで、高い志を持ち、努力を惜しまず日々励んでおられます。このような方が国王にお立ちになるなら、わたしは喜んで命を投げ出すでしょう」
ミシオン王子は深く感動しました。
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