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その10
「それなら、わたしが王となったあかつきには、きっときみを腹心の臣下として取りたてよう。そのときには、申し出を受けてくれるだろうね?」
「あなたがわたしを必要としてくださるのなら、わたしはいつでもあなたのお役に立つとお約束します」
「ありがとう、リーデル。それを聞いてわたしも心強い。それにしても、そのときにはきみに立派な妻がいる必要もあるだろうな」
「なんです? 藪から棒ですね」
「いや、なに、王宮では何かとうるさく言う者たちがいてね。中には男たる者、妻と子がいてはじめて立派に職務をこなせると信じてやまない連中もいるのだよ。その点、ヴォロンテーヌならば非の打ちどころのない娘だから、大臣はじめ、他の貴族たちの覚えも良かろう」
リーデルは合点がいったと言う風に「ははぁ」と呟き、意味深な笑みを唇にのぼらせました。
「ヴォロンテーヌは確かによい娘です。ですが、わたしの身の丈には少々合わないでしょう。彼女の魂は気高さで満ちています。そこへ行くと、わたしなどは山の猪のようなもので、ヴォロンテーヌとは釣り合いが取れません。釣り合いの取れない者同士が夫婦となる不幸について、わたしはこれでもよく知っていますから、そのような不幸をヴォロンテーヌに負わせることも気が引けます」
「しかし、きみはヴォロンテーヌと親しそうだが……」
「それは、わたしがヴォロンテーヌと兄妹のように育ったからです」
「それでは、きみはヴォロンテーヌを妻にしたいとは思っていないのか?」
「ええ。もちろんわたしは彼女を可愛く思っていますが、それはあくまでも身内の者への親愛で、それ以上の意味はありません」
「だが、ヴォロンテーヌの方はどうだろうか? もしかして、彼女はきみを兄や親しい友人以上の存在として見ているかもしれないのでは?」
「それも考え難いことです。だいいち、彼女はもう既に心に決めた人がいるようです」
「なんだって?」
ミシオン王子は驚いて瞠目しました。それからにわかに肩を落とし、
「それは知らなかった……。ほんの好奇心で聞くのだが、その幸せな男はいったいどこの誰なのだ?」
と、力ない声で尋ねました。
リーデルは突然明るい笑い声をあげ、ミシオン王子の肩に手を置いて言いました。
「王子、そんなに落胆なさらずとも大丈夫ですよ」
「落胆などしていないぞ」
「王子、一国の王になられる方にとっては、自分の本心を押さえて職務を全うせねばならない場合もあることを学ぶ必要もあるのでしょうが、ひとりの男としては、ご自分の気持ちに素直に従わなければならないときがあるということを知らなければなりません。そうしなければ、結局は自分も他人も悲しい目に遭わせてしまうことになるのですから」
「それはいったいどういう意味なのだ?」
「ミシオン王子、あなたはほんとうにお気づきにならないのですか? ヴォロンテーヌのあなたを見る瞳や、あなたと言葉を交わすときの恥じらった様子から、彼女があなたに並々ならぬ想いを抱いているということがおわかりになりませんか?」
「まさか、そんな」
ミシオン王子は思わず大声で叫びました。
「いや、そんなはずはないだろう。彼女がわたしに想いを抱いているなんて……! そうだろうとも、彼女は単に、わたしを王子だと見なし、あくまでも礼儀を守ろうとしているに過ぎないのだろうから」
そう言いながらも、王子の全身は、この誠実な友人であるリーデルの言葉によって、歓喜に震えだしていました。リーデルはそんな王子を見て、どこかからかうような、しかしあたたかな瞳で言いました。
「失礼ながら王子、もし本気でそうお考えになっているなら、王子はまず女性の心について──都にいるような発展的な女性ではなく、純真な乙女の真心について、もっとよく学ばなければならないでしょう」
ミシオン王子は天にも昇る気持ちでした。今すぐにでもヴォロンテーヌのもとに駆けて行って、その足元に跪いて求婚したい衝動に駆られました。
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