その7

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その7

 熱心に働いていると、あっという間に時間が経ってお昼になりました。農夫と並んで畑の隅に座って、朝と同じヤギの乳とパンを食べましたが、それは朝食べたときよりずっと美味しく王子の体を満たしました。飲んだり噛んだりするごとに、その素朴な味わいは豊かな滋味となってミシオン王子の体に広がり、王子は感動を禁じえませんでした。  それに実のところ、王子はいつもたくさんの人たちに囲まれて食事をしていたので、農夫とふたりだけの静かな食事の時間というものにも感動していたのです。それで王子はそうしたことを、素直に農夫に話しました。 「まったくあなたの言ったとおりでした。労働した後では同じ乳とパンが、何十倍も美味しく感じます。正直なところ、わたしは労働というものをはじめてして、体はくたくたになっていますが、王宮でどんな遊びに興じていた時よりも、満足と充実を感じています。実に不思議です。それにわたしは、こうして静かに食事をすることも、ほとんどはじめての経験ですが、どうもそれも乳とパンを美味しくさせているような気がしています」 「なるほど、そうしたこともあるでしょうなぁ。祝宴のような楽しく騒がしい食事というのも、たまにはいいものですが、ほんとうに物を食べると言うのは、こうして静かに座って、しっかりと食べ物と向き合うことですからなぁ。わしらが口にする物は、わしらの命を養ってくれるのじゃから、やはりじっくりと向き合って、感謝をすることで、命は無駄なく循環するのですじゃよ。それに、こうして静かに乳やパンに耳を傾けて食べたり飲んだりしていると、ヤギにもう少し栄養のある草を食べさせてやらねばとか、来年はちぃと雨が多い年になるかもしれんとか、そうしたことまでようわかるのですじゃ」  ミシオン王子は農夫の言葉を聞くと、不思議に心が感動し、もっと話を聞きたいと強く思うようでした。それはまるで、枯れた大地に天から慈雨(じう)が降って来て、新しい命を芽吹かせるように、王子の心を潤すのでした。96263c6f-d930-49b8-a04b-73e95c578fcf 「殿下、よろしければもう一杯、ヤギの乳をいかがですかな?」  農夫はそう言いながら、曲がった腰を伸ばすように立ち上がりかけましたが、その拍子に椅子の足にでもつまずいたのか、ぐらりとよろめきました。ミシオン王子は素早く立って、農夫の体を支えました。 「おぉ、これはなんともったいない。殿下もさぞやお疲れで、体の節々も痛いことでしょうに。なんとありがたいことじゃ、殿下に老いた体を支えていただくとは恐縮なことじゃが、わしの一生のいちばんの思い出になりますなぁ」  農夫の体の老いた感じは、農夫の服越しにも王子の手に伝わってきました。それで王子は昨日見た貧しい村での光景を自然と思い出し、顔を曇らせました。
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