その8

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その8

「おや、ミシオン王子、どうなされたのですじゃ? 急いでお立ちになったから、どこかひどく痛んでいなさるのかのぅ」 「いいえ、おじいさん。そうではないのです。ただわたしは、昨日見たことを思い出していたのです。わたしはここへ来る道中、様々な人を見ました。貧しい村々で暮らす人たちも見ました。そこでは老人や子どもたちが、まるで生きているのに死んでいるような顔をして住んでいました。一方で、豊かな町も見ました。そこでは、人々は盛んに物を売り買いして、お祭りのような騒ぎの中で楽しんでいるように見えました。彼らは皆、同じわたしの国の民でありながら、どうしてこんなにも違う暮らしをしているのでしょうか。なんと言えば良いのかわかりませんが、わたしはそう、こう思ったのです。これは正しいことではないのではないかと」 「なるほど、殿下は国の民のことを深くお心に留めてお考えになっているのですな。それでは殿下、そうしたことをみな、あなたがおただしになられたら良いじゃろう」  ミシオン王子は驚いて農夫を見つめました。 「そんなことが、わたしにできるでしょうか」 5eccf36a-93b2-429e-95e1-18d69af91329 「それはもちろん、お出来なさるじゃろう。あなたは、ゆくゆくは国王になりなさるお方なのじゃから」 「しかし、わたしは勉強を怠ってきたせいで、何も知らないのです」  ミシオン王子は顔を赤らめながらも、正直に告白しました。すると農夫は王子をいたわるような優しい微笑を見せて言いました。 「何事も、始めるときに遅すぎるということはありません。それに殿下は今日早速、井戸から水を汲むことについてお勉強なさったではありませんか」  ミシオン王子はにこにこと笑う農夫を真剣な眼差しで見つめると、 「おじいさん、お願いがあります。わたしをもう少し働かせてくれませんか」 ミシオン王子の申し出に、農夫は驚いて重いまぶたを上げて王子を見つめました。 「なんと。しかしのぅ、先ほどの労働も、殿下のお体には堪えられたでしょうに……」 「わたしはここでなら、正しいことのできる王になるための勉強ができると思うのです。ですからわたしを助けると、ひいては国のためだと思って、わたしにいろいろと教えてはいただけませんか」  ミシオン王子が熱心に頼んだので、王子の熱意に根負けした農夫は、王子と共に午後も働くことにしました。  王子は夕方まで一生懸命働きました。汗をかき、土にまみれ、その日の仕事が終わる頃には、王子は泥だらけになり、体中の筋肉は固まってしまったかのように重く感じましたが、心には充足と喜びがあふれ、疲労は心地良い揺りかごのようでした。
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