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「あの……隣いいですか?」
「どうぞ」
男は笑顔で応えた。
しばらくするとトイレに若い男が飛び込んできた。隣の男を見るなり声を上げる。
「カシラ、こんなとこにいたんすか。探しましたよ!」
「悪いな」
「髪の毛っすか?」
「ああ、午後の回診までに整えておこうと思ってな。このトイレの鏡は大きくていいんだ。どうだ? イケメンか?」
「もちろんカシラはイケメンっすよ。ワイルドでカッコよくって、どっからみてもヤクザの若頭です。その髪型、最高っすよ!」
「そうか」
男は納得した様子で微笑んでいるが、春馬の心臓はヤクザという三文字のせいで止まった。
どうやら隣にいる男は本物の極道のようだ。早めに退散しよう。
「これで高良先生も振り向いてくれるだろうか」
「大丈夫っす! カシラの魅力にメロメロになります。間違いないっす!」
金髪いがぐり頭の男が元気に答える。太いネックレスが揺れて、その虎を背負ったスカジャンが春馬の心に芽生えた〝隣の男ヤクザ説〟をより強固なものにした。
――怖いな。ここから出よう。
染み抜きを半分で諦めて外へ出る。
廊下を歩いていると、ふと心に落ちてくるものがあった。
――高良先生……整形外科のドクターか。
見た目はベビーフェイスだが腕は一流の整形外科医だ。救急部に頻繁に呼び出されて、いつも廊下をちょこまかと小走りしている。ICUで何度か話したことがあった。
――確か、二人とも男……だよな。
ヤクザの笑顔を思い出す。
その顔には性別など関係ないと書いてあった気がした。
素直に人を好きだと言えるのはどんなに素晴らしいことだろう。
自分も玉川のことをそんなふうに好きと言える日が来るのだろうか。
――来たらいいな……。
二人が過ごしたシビアな日々を思い出しつつ、今の幸せにふと足が止まった。
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