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翌週の日曜日。
玉川と春馬は一緒に家を出た。
スーツ姿の玉川を見るのは久しぶりでテンションが上がる。
背が高く肩幅の広い玉川はイタリア系のスーツがよく似合う。ただ立っているだけで海外モデルのような色気と華やかさがあった。
出掛ける時の玄関で思わずキスを仕掛けた春馬に、玉川は飛び上がった。可愛いと呟きながら春馬の体を抱き締めて、もう出掛けたくないとわがままを言った。その硬い髪に触れて、真っ直ぐな眉を撫で、影のある頬に指先を重ねる。キスは唇を重ねるだけのものだったが、心臓がキュンとするほど甘い気持ちになった。そのまま何もなく出て来られたことが奇跡のように――。
「フレンチってなんだよ」
「いいじゃないですか、たまには」
「ジイさんがいなきゃ楽しいけど」
「少しくらい親孝行して下さいよ」
「……面倒だなぁ」
銀座にある店に向かうと朱鷺田が先に着席していた。表の通りから一本入った、静かで品のあるフランス料理店だった。店内は気にならないくらいの音量でクラシックが流れ、いたるところに美しい版画が掛けられていた。
初めて来る店だったが、食事を楽しんでいるのは皆、常連客のようだ。シャンパンで形だけの乾杯をして、料理とともにワインを飲む。メインディッシュが来る頃にはお互い打ち解けていた。
「それにしても右晋、おまえまたやったな」
「やったってなんだよ、オッサン」
「口の利き方に気をつけろ」
「うるせぇなあ。嫌なら呼び出すなよ。俺たちそれでなくても忙しんだよ」
「そのようだな」
「隠居してるオッサンとは違うんだよ」
「そうか」
玉川の辛辣な言葉にもかかわらず朱鷺田は嬉しそうだ。相変わらず、二人の仕草や話し方がそっくりで笑いが込み上げる。目も合わさず、皮肉なやり取りをしているが、会話の息はピタリと合っていた。
今も同じタイミングでギャルソンを呼んでいる。確執を乗り越えた親子の微笑ましさを感じる瞬間だった。
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