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「水窪くんは魚が好きか?」
「ええ、好きです。好き嫌いはないので、どうかお気遣いなく」
「そうか。食べたいものを注文してくれ。これはコースだが、アラカルトで好きな料理を頼んでも構わない。たくさん食べてくれ」
「はい。ありがとうございます」
ワインを一口飲んで礼を言う。
オードブルとスープは素材を活かした上品な一皿でどれも口に合った。メインはシャトーブリアンのステーキと鱸のポアレで、どちらも蕩けるほど美味しかった。
「水窪くんは賢くて堅実なドクターだ。いつまでも、こんなアホな男と一緒にいなくてもいいんだぞ」
「いえ、玉川先生は素晴らしい外科医です。心の底から尊敬しています」
「そうか」
朱鷺田がカリフラワーのソテーを口へ運ぶ。その様子を苦々しい顔で玉川が見ている。
「……気味が悪いな。オッサンの本当の目的はなんだ?」
「おまえが医局で問題を起こしてないかなと思ってな」
「は? 上手くやってるし」
「本当か?」
「なんだよそれ。あのバカ息子、自分の父ちゃんだけじゃなく、オッサンにまで泣きを入れたのかよ」
「さあ、どうかな。とにかく、大学病院の医局は魑魅魍魎だ。波風立てずに上手くやるんだ。いくらオペが上手くても、人に尊敬されなければ教授にはなれない。チャンスが来た時、助けになるのは持って生まれた人徳とそれまで築いた信用だ。政治力と外科医の実力、その両方を併せ持って初めて教授になれる。オペの手技、論文の精度や医局を纏める能力、その人間性も、全て問われるんだからな」
「知ってるよ。ていうか、親父たちのことでそれを嫌というほど思い知った」
「そうだったな」
「ああ」
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