『恋愛病棟 ‐シェーマの告白‐』番外編

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 ふとシェーマに書かれた、あの一文思い出す。  ――schmerz  ――君が好きで胸が痛い。  父親の横顔と手紙、そして一枚のカルテ――……  春馬は父親の自殺の原因が朱鷺田にあると思い、柏洋大学医学部付属病院の医局に入った。そこで自分の父と朱鷺田との関係を知り、二人の外科医としての軌跡と苦悩を知って、長年心に秘めていた復讐を諦めた。諦めたというよりはそうせざるを得なかった。  春馬の父親は朱鷺田を心の底から尊敬し、身を挺して朱鷺田の地位を守り抜いた。それは外科医としての使命と、わずかな憧憬と深い愛情だった。父親が自身のキャリアと家族を捨ててまで死守したかった朱鷺田という男の存在を、春馬は最後まで憎むことができなかった。朱鷺田は確かに素晴らしい外科医だったのだ。  そして、玉川を愛した時、父親の気持ちが初めて理解できた。  人は何物にも代えがたい圧倒的な才能を見た時、それを守りたいと思うものだ。  それは一つの人生ではなく、全ての人にとっての尊い財産だからだ。  決して自分だけの、一人だけのものではない。  だから春馬の父は、それを自分のものにすることよりも、朱鷺田の才能をこの世に送り出すことを選んだのだ。  自分を犠牲にしてまで……。  ――どれだけ深い愛情だったのだろう。  父の寂しそうな横顔を思い出すと今でも心が痛む。  だからこそ、玉川の才能を守りたいと思った。  ――自分にできることはそれだけだ。  そして春馬は父からもらった優しさや、与えられた医師としての人生に心から感謝していた。  今、自分の人生があるのは朱鷺田と父である冬彦のおかげだ。  後悔は一つもない。  ――そうだよな、親父。  今も目の前に朱鷺田がいるよと胸の中で語りかける。  穏やかな朱鷺田の顔を見ていると優しかった父の笑顔に触れられた気がした。
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