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「開腹しますか?」
春馬が訊いた瞬間、青田が激高した。足でコンソールの下部を蹴り上げている。その激しい音と振動がカートの傍まで伝わってきた。勢いのまま誤ってフットスイッチを押してしまわないか、それだけが気掛かりだ。
「なんだおまえ。シニアのくせに、教授の俺を馬鹿にしてんのか!」
「……すみません。ですが、このままでは――」
「先生、出血が1000越えてます。追加しますか?」
ビジョンカートと呼ばれる術野を映すモニターを見上げた麻酔科医が小さな溜息を洩らした。同じようにモニターへ視線を上げている器械出しの看護師は今にも舌打ちしそうな雰囲気だ。
「輸血部にコールします?」
「言われなくてもやれ!」
「……分かりました」
麻酔科医とルートの管理をしていた看護師が慌ただしく動き始める。皆、思っていることは一つだった。
――ラパコレでこれかよ。
――ふざけるな。
胆嚢摘出術は消化器外科でも基本の手術だ。開腹はもちろん腹腔鏡下でも一時間程度で終わる簡単なオペだった。それもあって青田が執刀医になったのだ。鳴り物入りで入局した殿様教授に恥をかかせるわけにはいかない。簡単なオペ――しかも箔がつくダヴィンチ手術なら青田のプライドも傷つけないだろうという配慮も込みの今回の執刀だった。
「……しょうがないな。玉川先生呼ぼうか」
麻酔科医がぼそりと呟く。傍にいた看護師が同意するように頷いた。
「玉川先生、向かいの第一特別手術室で食道癌のオペ中ですよ。ダヴィンチなんでそのままこっちに来れます。呼んで来ましょうか?」
「終わってたら呼んで来てよ。無理でしょ、これ」
「ですよね。分かりました。私、輸血部ついでにちょっと行ってきます」
外回りの看護師が声を上げる。
「くそ、おまえら、何を話してる?」
「あ、私、輸血部に行ってきまーす」
「お願いします」
器械出しの看護師と麻酔科医が青田の暴言を無視して見送る。
――ああ、やっぱりそうなるか……。
楽しそうな看護師の背中を見送りながら、春馬は心の中で溜息をついた。
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