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「さっきのベッドで呼んだみたいに、俺の名前呼んで」
「え?」
「呼んでくれたら行く」
「さっきって……起きてたんですね」
「だって、なでなでしてくれたから」
「してません」
「なんでいつもそうやって嘘つくの。なんで、なんで?」
「……もう行きましょう。遅刻しますよ」
「名前呼んでくれるまでここ開けないし」
玉川はひょいっと体を翻すと、ドアの前で大きく両手を広げた。
レオナルド・ダ・ヴィンチの解剖図のように両腕を揺らしてこちらを攪乱してくる。そっちのダヴィンチかよと思わず突っ込みそうになった。
「ほら。呼んで」
「子どもですか?」
「気にしないで」
「本当に俺が尊敬する天才外科医なのに……朝から残念なエッセンス出さないで下さい。悲しくなります」
「いいから言って。右晋大好きーって」
軽く咳払いする。
気持ちを切り替えて玉川を見上げた。
「もう行きますよ、右晋さん」
「はあ……可愛い」
玉川が目をキラキラさせながら近づいてくる。男の上半身をかわしてドアを開けようとしたところで、ぎゅっと力いっぱい抱き締められた。玉川は春馬の肩に顎をのせたまま嬉しい嬉しいと噛み締めるように呟いている。こんなのでよかったのかなと思いつつ胸がいっぱいになった。
「春馬は優しいな。ありがとう」
「いえ……」
本当に優しいのは玉川の方だ。
それをいつも感じている。
例えば朝起きた時。
医局で寝落ちした時やこんな何気ない瞬間でも。
誰かが積み重ねることのできなかった日常を過ごせる幸せに感謝する。
「もう……行かないと」
「分かってる。でも、あとちょっとだけ」
それは春馬も同じ気持ちだった。
玉川の背中に手を伸ばす。
あともう少しだけ、この温かい体に抱き締められながら男の鼓動を聴いていたいと思った。
『恋愛病棟 ‐シェーマの告白‐』番外編(了)
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