都橋探偵事情『喇叭』

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「どうやら、大事なお客さんらしいな、いや、ザキの愚連隊の長がさ、そわそわしてるからさ、俺はこれで上がるぜ、付き合ってくれてありがとうよ」 「旦那、また寄って下さい」  谷口が店を出ると思っていたらカウンターでボーイと話し始めた。ハイボールを注文してカウンターに背を凭れ、入り口を見ている。正垣が苦虫を噛み潰したような顔をして谷口を睨んでいる。ドアが開いた。視線を感じる。カウンターにいるのは県警の谷口じゃないか。さては表のパトカーは谷口の手配?だとすると空き巣の件が既に県警に伝わり、谷口が担当に?まさか鬼の谷口が空き巣担当をするわけがない。柳田は谷口とほんの数歩の間に色々と考えを巡らした。 「柳田さん、ご無沙汰です」 「谷口さんじゃない、まさか仕事?」 「勘弁してくださいよ非番です、たまにゃ根岸屋に来て不良の顔見ないと勘が鈍るからさ」 「そう、俺も非番で相手捜してたとこ、付き合いますよ」  柳田はボーイを呼んで正垣とは離れた席に谷口を誘った。谷口は空き巣の見張り役の中年は柳田であると確信した。目撃者の記憶と完全に一致している。出来れば目撃したおばさんに確認してもらいたい。だがもう少し裏を取ろう。正垣を上げてその流れで柳田を追及する。いや、それとも先に柳田に目撃者がいる事実を伝えようか。それを隠蔽と引き換えに引退させる。悪党とつるんでいるが命を張って大悪党を数多く退治してきた男でもある。伊勢佐木町の悪のバランスを取って来た立役者と言っても過言じゃない。悪党の配置でバランスを保つ、それが市民を守ることと繋がっている。矛盾しているが悪党が消滅した歴史は一度もない。天秤が傾けば荷が落ちて大騒ぎになる。水平に保つために大小の石っころで調整する。その役をずっと担ってきたのが柳田である。引退に追い込むことが狙いだ。
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