都橋探偵事情『喇叭』

3/239
85人が本棚に入れています
本棚に追加
/239ページ
「汚いわね、ほら起きて」  午前九時少し前である。昨夜はバー小百合で明け方まで飲んでいた。これまで飲んだことのない高級な洋酒をご馳走になった。 「もうこんな時間か」  徳田は道子に起こされた。 「酒臭い」 「昨日事務所開きしただろ、うちの並びのバーのママに誘われて朝まで飲んでた。あんな美味い酒初めて飲んだよ。なんつったかな、ヘネシーだ」 「所長が初日から飲み過ぎですか、ママに入れ込んだんじゃないの?」  道子が布団を干しながら言った。窓は全開で風が吹き込む。徳田の存在を気にせずいつも通り掃き掃除を始めた。二DKで風呂付の部屋は団地の普通サイズ、フローリングではなく台所と六畳の和室が二つである。 「お風呂沸かして、英二さん入るでしょ、あたしも後で入るから」  道子は週に三回、掃除を兼ねて訪れる。道子の手料理で一杯やって抱き合う。去年までは路面電車で往復していたが、根岸線が磯子まで延長したお陰で随分と便利になった。移動時間も短縮され二人の時間は長くなった。徳田は檜の風呂桶にホースで水を入れる。上がり湯にも水を貯える。罐のバーナーを少し引き出して新聞紙をこよりにする。先端にライターで火を点けバーナーを捻る。こよりを差し込む。ブオッと爆発音と共に点火した。 「おおっ」  手甲の産毛が燃える嫌な臭いがする。 「バーナーの目が詰まってんじゃない。そのうち火傷するわ、最悪火事もあるね」  道子が目を細めて笑った。徳田は風呂の点火が一番苦手である。道子の言う通りそのうち産毛だけではなく火傷をするかもしれない。風呂は入居者持ちだから横浜市に言ってもやってくれない。 「ちぃきしょう、買うか新しいの、大爆発するかもしれないもんな」
/239ページ

最初のコメントを投稿しよう!