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「そうしなさい、探偵事務所の所長になったんだから、それくらいの余裕はあるでしょ」
「それが頼みがあるんだ。少し回して欲しい」
英二は笑いながら手を合わせた。道子は札入れから祝儀袋を出した。
「これお父さんから、事務所開きのお祝いだって」
徳田が中身を確認すると三万円が入っていた。
「おう、俺の探偵勤めの月給より多い、助かるな」
徳田は道子に大袈裟に頭を下げた。
「お父さんがね、危ない依頼は断るようにって」
父はそんなことを言っていない。洋子の不安を父親の伝言にしたのである。
「お父さんには色々世話になりっ放しだ。浮気調査しかやらないと安心させてくれ」
徳田は風呂に入りながら考えた。道子と付き合い始めて二年目になる。結婚するなら画廊を継ぐように言われている。絵はほとんど売れないが、画材を近くの小中学校に卸している。贅沢しなければそれで暮らしていける。しかし徳田に絵心がない。道子に誘われて行く絵画展でも、感動したことがなかった。
「ぼちぼち上がるよ」
「垢、ちゃんと掬っておいてよ」
台所から道子が言った。
風の強い朝だった。都橋商店街の廊下にも強風が走っていた。おかげでどぶの臭いも廊下に上がる前に吹き飛んでしまう。都橋の階段から上がると事務所の前に男が二人立っている。
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