都橋探偵事情『喇叭』

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「それでも生きてりゃ儲けもんですよ。神様が残してくれたんだ」  花婿募集のアルバムを見せてくれた。この娘は大店の二女で山手に一軒家を買ってくれるだとかこの女は上品に見えるが実はあばずれだとか色々と説明してくれる。条件と写真を見比べると、好条件はやはりそれなりの我慢を伴う。 「女なんて暮らしてしまえば同じだ。我慢しているうちに愛情も湧く。うちの奴なんかいい女でさ、ほらあの写真。だけど具合が悪くて年中床に臥せっていたな。貧血だから覇気がないんだいつも、薄明かりに照らされると幽霊に見える。まあ丈夫な女が一番だ。だけど丈夫な女は金が無い。神様は丈夫な女の顔の構成を少しずらしたんだな」  岡林の話し好きに付き合っていると日が暮れる。徳田は主人の息が切れたところで一礼して相談所を出た。道子には事務所に来ることを固く禁じていた。掃除をして欲しいが探偵事務所の出入りは危険である。手伝っていた興信所にも逆恨みから男が出刃包丁を持って乗り込んできたことがある。事務員の女が逃げ出そうとしたのを切り付けた。幸い命に別状はなかったが顔に傷が残った。所長が椅子で応戦して追い払った。恨みを買う商売である、絶対に道子は近付けない。やさしくなければ務まらないと憧れの探偵が言っている。  事務所に戻りじっとデスクに座っている。革張りの長椅子が届いた。友達からの開店祝いである。勿論中古で、やくざの事務所で使っていた物をパクったのである。 「いいだろこれ、売春見逃してこれと交換だ」  竹馬の友で伊勢佐木中央署の中西である。今年刑事になったばかりである。 「刑事なり立てでそんなことしてんじゃ先がおもいやられるな。でもありがたいな、やくざには贅沢だ、こりゃいい、客が来そうな気がする」 「客はお前の不愛想で来ないんだ。入り口からお前のそのつまらなそうな顔を見てみろ、こりゃ駄目だと思うに決まってる」  二人はソファーの座り心地を楽しんである。 「お前が最初の入店じゃ縁起が悪いな、あとで塩巻こう」
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