都橋探偵事情『喇叭』

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 中西刑事は徳田のラークを二本抜いて出て行った。徳田は中西の持って来たソファーで寝てしまった。 「電電公社ですけど」  電話が取り付けられた。教えられた電話番号を手帳に記した。生れて初めてのマイ電話である。どこかに掛けたいが相手がいない。電話を持っている友達がいない。そうだ山手の道子の家にはある。いや父親が出たらどうしよう。間違いましたと切ってしまえばいい。 「もしもし中村ですけど」 「英二さん、事務所からなの、電話入ったのね」 「ああ、これで忙しくなるぞ」 「ばかじゃない、この電話番号を知ってるの誰もいないじゃない。名刺に載せたの」 「あっ、いけねえ、あとで電話くれ」  徳田は道子に電話番号を教えて名刺屋に走った。  朝は苦手だ、道子がキッチンにいる。昨夜は泊まった。無断ではないが帰れば父親に叱られるのは間違いない。外泊は禁止されている。まな板を叩く道子を後ろから抱き締めた。包丁が止まる。ちょっと待ってと鍋の火を落とした。ネギの臭いがする手で徳田の頬を抱く。そのまま流しのマットに倒れ込んだ。 「ねえ、何年待てばいいの私」 「心配すんなって、今に仕事来るさ、電話も付いたし。そうだハワイ行こう、道子にムームー買ってやろう、俺がアロハでさ、ウクレレなんか弾いちゃって。♪あんあんあ やんなっちゃった、あんあ あん おどろいた」  二人は大笑いしてまた抱き合った。そして道子は徳田の胸で泣いている。ハワイなど夢のまた夢である現実に引き戻された。 「心配すんなって、なんとかなるって」  徳田は震える道子を強く抱き締めた。
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