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智也は元々福岡育ちではない。
生まれてから小学六年の夏までずっと横浜で育った。同じマンションには、同級生が二人住んでいた。智也はその二人と幼い頃からずっと一緒に過ごした。
幼馴染の一人・岩瀬陽とは小学一年の頃からサッカーを共に励んだ。陽に引っ張られて、智也はどんどんうまくなった。親友と呼ぶことができるのは、陽だけだと智也は思っている。
そしてもう一人の幼馴染・松代実夏は、性格はきつめだったけれど、その明るさと笑顔にいつも智也は励まされてきた。彼女の笑顔を見ていたかった。実夏は、初恋と言うべき存在だった。
親友と初恋、智也にとって大切なものがあった街だった。しかし、小学六年の夏、父親の仕事の都合で福岡へ引っ越してきた。
福岡でも友人やサッカーのクラブチームで出来た仲間もいた。
しかし、親友と初恋の代わりになるものは見つけられなかった。
そうしている間に智也は、中学三年になった。
関西遠征の間、智也は試合展開の決まった僅かな時間に出場したのみだった。
遠征の最終日、チームは福岡に戻ったが、智也だけは「母の実家に行くため」と監督の許可をもらった上で別行動を取った。
これには、嘘が含まれていた。
大阪に、母の実家があること自体は嘘ではない。
しかし、この別行動は、母の実家に行くことが目的ではなかった。
チームを離れた智也は、梅田駅の改札口を一人で出た。
遠征のために持ってきた重いショルダーバッグを肩に掛け直して、智也は辺りを見渡す。
「智也」
女性の声だった。
誰かが智也に声を掛けた。
智也は心臓が一際高鳴ることを感じて、声の聞こえた方向に身体を向けた。
そこには、幼馴染であり、初恋の人である松代美夏が笑顔で立っていた。
三年振りの再会だった。
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