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空中庭園は夏休みだけあって混んでいた。
シースルーで有名なエスカレーターを二人は登った。
眼下には大阪の街並みが広がっていた。
「すっごい景色だね。空に浮いてるみたい」
笑顔を浮かべる実夏を見て、智也はどこかホッとした気持ちになった。
その笑顔は、記憶の中にある笑顔と重なった。陽だまりを見つけた時のような心地よさを感じた。
先ほどの憂いを含んだ表情は、たまたまそう見えただけなんだろう、智也はそう思うことにした。
展望台に到着すると、実夏は前方へ駆け足で近寄って行った。
「わー!!」
夕暮れの光に照らされた大阪の街並みに実夏は感嘆の声をあげた。何度かここへ来たことのある智也も今日の景色は綺麗だと思えた。
智也はゆっくりと近づき、実夏の左側に立った。
「智也は、これからもサッカー続けるの?」
「え?」
唐突に実夏が言った。智也は自分でもわかるぐらいに露骨に戸惑った。
「あ、やっぱなんか悩んでたり?」
「やっぱり、って何だよ」
「何か顔に書いてある」
「そうかなー……」
智也は右手を自分の頬に当てながら、横目で実夏を見た。
「そうだよ。浮かない顔してるなーって思った」
そんなことを言う実夏を、夕陽に照らされるかつての幼馴染を「綺麗だ」と智也は思った。
長い髪が風に揺れた。
大きな瞳は輝いていた。
その艶のある光を放つ唇から放たれる言葉に智也は、胸の奥の何かがほどけていくような感覚に陥った。
「ネットとかで智也がどうしているのかは見たりしてたんだ。去年は試合に出てたのに、今年は全然出てないなーって」
「痛いところ突くね」
「そこは言い繕っても仕方ないのかなって。怪我でもしてた?」
「怪我は……してたけどね。今はもう走り回れるはずだよ」
春頃に痛めていた腰の調子も悪くない。今は五体満足に走り回れる自覚はあった。
「元気なのに、試合には出れない?」
「みんなうまいからなー。そう簡単には出られないよ。来年からユースに上がることができるのも選ばれたメンバーだけだしね」
「智也はユースに上がれないの?」
「今の状態じゃ無理かな。試合にも出れない奴が上には行けないよ」
「えー、ダメじゃん」
あっさりと言う実夏に智也は苦笑いをせざるをえなかった。
中途半端な優しい言葉をくれないことが実夏らしいと智也は思った。
去年までは怪我があってもうまくやっていけた。試合にも出ることができたし、ゴールやアシストを決めた試合もあった。
なぜこんな風になったのか、智也は眼下の景色を見ながらぼんやり考えた。
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