使い捨てスプーン

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 宮奥(みやおく)(あきら)はフリーターで、新宿の居酒屋でアルバイトをしていた。最終電車に駆け込むのが日課で、家に着くのは深夜二時近くなるのが常だった。彼は一人暮らしだった。好都合にも、彼の住むアパートの正面にコンビニがあるため、彼は毎日そこで翌日の朝食を買うのだった。  その日も宮奥は例に漏れず、最終電車で最寄り駅まで帰り、そのコンビニで朝食を買った。パンを二つとペットボトルの水を一本。パンばかり買うのは、ポイントが貯まると皿がもらえるからだった。いつものように商品をレジまで持って行き、ポイントを付けてもらって、キャッシュレスで代金を払った。いつもの顔なじみの外国人の男性店員だが、相変わらず名札の名前は読めなかった。ことさら会話をすることはなかったが、ポイントカードを提示し忘れたときは確認してくれるので、彼はいつもありがたがっていた。  支払いを終えて礼を言い、商品を受け取った時、彼は少しの違和感を覚えた。特に気にすることでもないように感じられたので彼はそのまま帰宅したのだが、翌朝レジ袋を開けた時に、その違和感の正体に気づくこととなった。 「スプーンが入っている」  コンビニで麻婆丼なんかを買ったときに無料でもらえるそれである。自分が買ったのはパン二つとペットボトルの水一本であったために、彼はその思わぬ贈り物を不可思議に思った。そのパンが、たとえばタルト状のものであったのなら納得いくのだが、彼が買ったのはアンパンとコロッケパンだった。彼はコロッケパンが好きで、二日に一度は買っていたのだが、今までスプーンをもらった経験はなかった。言わずもがな、アンパンも同じことだった。 「何のことはない、ただの入れ間違いだろう」  彼はそう呟いて、特に苦情を言ったりなどはしなかった。別に、使わなかったからといって邪魔になるものでもないし、後々使う機会も訪れるだろう。むしろもらえてありがたかった。彼はそう思っていた。そしてその日の仕事が始まる時にはすでに、スプーンをもらったことなどすっかり忘れていた。  その日も、彼は同じコンビニで同じように朝食を買った。パンを二つと紙パックの牛乳を一本。仕事でイライラすることが多く、カルシウムが足りていないのではと思ったからだった。その日も同じように会計を済ませ、帰宅した。そして翌朝レジ袋を開くと、昨日と同じようにスプーンが入っていた。 「……またか」  前日も入れ間違いのスプーンをもらったことを思い出した。これで自宅に二本の使い捨てスプーンが貯まった。まあ、邪魔ではないし、なくて困ることがありこそすれ、あって困ることもないだろう。彼はそう思って、深く考えることもなく、昨日と同じようにペン立てにそのスプーンを挿して仕事に向かった。仕事が始まる頃にはすでに、スプーンのことなどすっかり忘れていたのだった。  そんなことが気付けば一週間も続いていて、相変わらず特に苦情を言うこともなかったけれど、流石の彼も不審に思い始めていた。しかし面倒くささが(まさ)ってしまい、やはり特に指摘することもしなかったのだった。
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