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その日も宮奥は朝食を買うためにそのコンビニに入ったが、そういえば、公共料金の支払い期限が前日だったことに気付いて、先にそちらを済ませようとレジに向かった。お金を払い、はんこを押されて、控えを受け取るのが自然な流れだと思われるが、そこで一つ不自然なことが起きた。いつもの名前の読めない店員が、控えと一緒に使い捨てスプーンを渡して来たのだ。
「……ええっと、いらないです」
レジ袋に入っているのならまだしも、直接手渡されたため、宮奥は流石にと思い店員の彼にそう伝えた。すると店員はにこにこ笑いながら、宮奥に向かって思いもよらぬ言葉を告げた。
「おめでとうございます! これで十本集まりましたね」
それはそれは流暢な日本語だった。それに対して宮奥は、強く疑いの目を向けた。
「おめでとう、とはどういうことだ? いや、それよりも、どうして十本集まったことを知っている? 私が使ってしまっているかもしれないじゃないか。いや、それよりも、客にスプーンを毎日押し付けるとはどういう了見だ?」
彼は幾分興奮して早口で言った。彼は多分に混乱していたし、多分に恐怖してもいた。顔なじみとはいえ会話したこともない異国の名も知らぬ人物から、想像もしていなかったことを告げられたのだ。彼にとっては、夜討ちや辻斬りにも匹敵するほどの衝撃だったため、それは仕方のないことだと言えるだろう。もちろん、夜討ちや辻斬りを経験したことはなかったが。
そんな宮奥の反応もどこ吹く風、店員は彼に、さらに驚くべき言葉を放った。
「私は、使い捨てスプーンの妖精なのです。本当です。信じていただけないかもしれませんが」
「……妖精? ……使い捨てスプーンの、妖精?」
宮奥の混乱は頂点に達し、もはやまともな思考を働かせる力は彼にはなかった。店員の言葉は全て、知らない異国語のように聞こえていた。そんな彼の混乱など露知らず、店員は流暢な日本語で滑るように説明を続けた。
「私は、使い捨てスプーンの妖精です。本当です。あなたは、使い捨てスプーンを捨てずに置いておいてくれています。私はそれに感謝しています。私があなたに差し上げた使い捨てスプーンは、十本集まると、私と同じ使い捨てスプーンの妖精になるのです。本当です」
「……使い捨てスプーンの、妖精に、なる?」
「そうです。本当です。もちろん、私と同じ格好をしているわけではありません。人も物も妖精も同じように、時と場に応じた姿というものがありますからね。あなたの家ではもっと小さな姿で、私と同じように使い捨てスプーンを毎日あなたに授けるでしょう。本当です。ぜひ、今後とも、使い捨てスプーンを大切にしてあげてくださいね」
「……え、いらな——」
宮奥は、いらない、と言おうとしたが、次第に彼の視界は狭くなり、気が付くと、彼は自宅の玄関に立っていた。我に返った彼は、すぐさま再びコンビニへ走った。これは流石にいたずらがすぎる。さっきの店員に、一言きつく言ってやろうと思ったからだった。コンビニに到着し、一目散にレジに向かったが、あの店員の姿はなかった。おい、と店員を呼んではみたが、現れたのは全く違う、日本人の女性店員だった。
「さっきまで、外国人の店員がいただろう。呼び戻してもらえませんか」
「え……この時間はいつも、私だけですが……」
「……そうですか」
宮奥は、何だか狐につままれたような心持ちで再度帰宅した。帰宅して気付いたのだが、あのコンビニでもらえる使い捨てスプーンが自分の手に握られていたため、先程の出来事は夢ではなかったことが証明されていた。
「それでは……」
あの胡散臭い店員の言っていたことは本当だったのだろうか。とても信じられないが、自分の手に握られているのも、ペン立てに挿されているのも、紛れもなく、現実に存在するスプーンだった。何度数えても、全部で十本あった。あるいは、本当なのだろうか。彼は、恐る恐る、持っていたスプーンをペン立てに挿した。十本のスプーンが一堂に会した。しかし、何も起こりはしなかった。
「……馬鹿馬鹿しい、寝るか」
やはり、何かに騙されたのだ。もともと、そんなことがあるはずがないではないか。少しでも信じた自分が馬鹿だった。日々の疲れがどっと被さって来た。昨日までの、ささやかに得した気分というものは、全部綺麗に消え去っていた。それに代わった自己嫌悪とともに、宮奥は最悪の気分で眠りについた。
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