使い捨てスプーン

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 翌朝。そういえば、朝食を買い忘れてしまった。彼は気持ちの悪い空腹感で目が覚めた。気分の悪い朝は久しぶりだ。そう思いながら、彼はベッドから起き上がろうとした。 「おはようございます。気持ちの良い朝ですね」  聴き慣れない声がして、宮奥は驚いて声の主を探した。すると、スプーンが挿してあったペン立てのあるテーブルの上に、見たこともない、小さな人型の何かが立っていた。 「……君はまさか、妖精か?」 「そうです。私は使い捨てスプーンの妖精です。本当です。では、こちらをどうぞ」  妖精は甲高い声でそう言って、見慣れた物体を差し出してきた。コンビニでもらえる、使い捨てスプーン。昨日のことは本当だったのだ。その妖精は昨日の店員とは似ても似つかなかったが、なるほど、時と場に応じた姿だった。小さめのぬいぐるみ、と言った体で、どこか可愛げが感じられた。こういうものであれば、邪魔になることもあるまい。少しの癒しにでもなってくれるかもしれない。宮奥はそう思って、手慣れた所作で使い捨てスプーンを受け取った。 「では今日も行ってらっしゃいませ」 「ああ、行ってくる」  送り出してくれるものがいる、ということも、何だか悪い気はしなかった。朝食がなかったために空腹だったことも忘れて、宮奥は以前よりも軽やかな足取りで職場へ向かった。妖精が「お帰りなさいませ」と出迎えてくれることを楽しみにしながら。  そういうわけで、宮奥昭は一人暮らしだが、寂しくはない生活を送っていた。あれからちょうど半年が経とうとしているが、彼はこの生活を気に入っていた。彼にとって一つ問題があるとすれば——妖精がくれる使い捨てスプーンは、さらに新しい妖精になるのだ。そのために、二千万近くにまで数が増えた妖精たちが、さらに毎日くれる使い捨てスプーンを、どこに保管しておこうか、ということくらいであった。
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