序ノキ

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「ようこそ我が家へ、お兄さんがあんな事になってまだ落ち着かないでしょうけど、面倒な事は早く終わらせるに限るでしょう?」 如何にも小金持ち。 いやらしい香水の匂いをぷんぷんさせたオバサンが居た。 私の母親、という事になる。 と言ってもついこの間からの関係だけど。 私の本当のお母さんとは全然違う、全く違う、認めたくもない人間。 顔が良くて、年は30を超えてると思えない程に若い。 見苦しい、本当の年齢を重ねる事無く、見栄で取り繕った自分の顔を見せびらかしてるみたい。 私のお母さんみたいに『普通』の顔じゃない、何処にでも居るような平凡なお母さんの顔じゃない。 でも私は今日から此処に住む事になる。 今までよりも絶対に面倒な生活。 だって、無駄に家の中も敷地も広いし、如何にもお金の使い方がわからないから取り敢えず使ってみました、って感じがする家。 風情がない。 普通の民家に見せかけてセキュリティがバッチリの私の家とは大違いだ。 こんなに広いだけの家、侵入経路が多すぎて警備コストが高いだけ。 私が本気で侵入したら5分で家の中の人間を全員殺して回れる。 はあ、憂鬱だ、自分の部屋だけはセキュリティをガッツリ固めないと気持ち悪くて夜も眠れない。 所詮、小金持ちは何もわからないし、知らない、だからこんないつでも殺される豚の様な立場なのに、こんな家で安心して笑ってられるんだ。 こんなトコで家業も家も捨てて『貴族』なんて腹を抱えて笑いそうな生活をしなきゃいけないなんて。 いっそ本当に嫌になったら全員殺してこの一家ごと消滅させちゃおう。 あくどい部分を探って政府に報告すればいい、突っつかれる事情を持たない小金持ちなんて、この世界には居ないんだから。 「さて、案内はこんなものかしら、どう?広くてわかりにくい?ごめんなさいね、沢山歩かせてしまって、疲れたでしょう?」 「いいえ、お気遣いなく、卍山下夫人。」 「まあ、卍山下夫人だなんて!いいこと?これからは……嫌かもしれないけれど、私達は運命を共にする家族になるの、だから、私の事は出来るだけお母さんと呼んで?ママ……でも良いわよ?昔から娘って憧れてたのよ、だから…………駄目?」 「いいえ、お母さん、そうします、郷に入れば郷に従え、ですから。」 「ごめんなさいね………まだ9つなのに、お金持ちの世界の事はよくわからないわよね、本当のお父さんとお母さんも居るのに、可哀想だと思うわ………ね、寂しかったら、用事が無い時は執事と家政婦を連れて御両親に会いに行っても良いのよ?そのくらいは許される筈よ。」 役立たずを二人も連れて私の家に入れようものなら玄関を跨いだ瞬間にミンチになって処理に困るだけなのがオチ、誰がそんな厄介を家に入れたりするもんか。 「お気持ちは嬉しいですけど、お母さん、やめておきます、仰有(おっしゃ)る通りこれから私はこの家の家族、なので。」 「本当………?本当にそう思ってくれる?」 「はい、勿論___。」 「そう思わなくても!そんな事を(ワシ)が許すと思うか!?」 薄っぺらい怒号が廊下の向こうから飛んできた。 白髪の老人、とは言っても多分まだ元気にこちらに早足で来るのを見る限り見た目程は歳では無いのかも、オールバックにするくらいの髪はあるみたいだし。 「初めまして、お父さん。」 「黙れ!お前のような家系の者に父呼ばわりされるような筋合いは無い!」 「あなた、何もこんな小さな子供にそんな言い方は……。」 「なんだと………?そもそもお前もお前だな、用事が無い時は親元に帰って良いだ?そんな訳がないだろう!一度養子に迎えた人間がおいそれとそう簡単に元の家と関われるものか!この元箱入り娘の世間知らずが!恥を知れ!」 「そんな…………………………はい、すみませんでした…………。」 「おいそこのお前、自分の立場はわかっているだろうな?この穀潰し。」 「はい、わかっています、卍山下伯爵、以後は気を付けます。」 「………ふん、政府の要請でなければお前のような奴は絶対に家に入れなかったものを。」 憤慨しながら、ジジイは去っていった。 血圧の高い事だ、当然の事を偉そうにべらべらと。 しかし、このオバサンもまあ本当にその通り世間知らずだ。 これだから自分達の狭い世界だけで生きようとする小金持ち共は。 オバサンは涙目になっている、いい歳こいて。 「ご、ごめんなさいね?来て早々………普段はあそこまで怖い人では無いのよ?誤解しないで頂戴ね?」 「はい、この家の立場を守る為の心遣いと受け取っております、大丈夫です。」 「そう………貴女は良い子ね、ちょっと出来過ぎなくらい。」 誤解も何も正しく理解出来た。 何個(いくつ)も見てきた、こんな程度の家は。 寧ろ誤解しているのはそっちだろう、とすら思う、言わないけど。 「そういえば、シュウイには、もう会ったのよね?」 「はい、以前から何回か面識がありまして、お世話になっております。」 「仲良くやれそう?」 「ええ、それはもう。」 「そう、なら良かったわ、祝依とは同じ部屋で寝てもらうから。」 「え。」 「ん?どうしたの?」 冗談じゃない。 あの坊っちゃんと部屋が一緒なんて。 気色が悪いにも程がある。 大体セキュリティも何もあったものじゃない。 「あいや、あの、不躾なお願いとは思いますが、その、私も多感な年頃というか、色々あるので、出来れば他の部屋を……出来れば個室を………狭くても汚くてもなんでもいいので。」 「まあ!ふふふ、キボウさんったら乙女ね!でも駄目よ、いつか貴女は遠くない未来に祝依と契りを交わすのだから今の内から慣れておかないとね?」 「いや、え?」 「貴族に『色』はつきものよ?早ければ早い程良いわ!私だって昔はねぇ………。」 そこからオバサンの聞きたくもない過去のモテモテ話が始まったけれど、そんな話どうでもいい。 それより嘘だと思いたい。 まさか卍山下の馬鹿息子と寝食を共にしろと。 おかしい、こんな事あってはならない。 お兄ちゃんがトチッて死なない限りは世間にはバレない程度の優雅な暮らしが待ってる筈だったのに。 私の人生計画が___。 「お兄ちゃんの、お兄ちゃんのお兄ちゃんのお兄ちゃんの本当にほんっとうにクソ野郎馬鹿ーーー!!!!!!」 流石に一人で入る事を許されたお風呂で、私の叫びは誰にも聞かれる事はなく無駄に広い浴室に響き渡った。 これからはこのお風呂の時間だけが一人きりになれる時間になれそうだ。 「長風呂をする奴だっていうイメージつけとかなきゃ……。」 やってられない、寝る時間が苦痛になる人生がこれからやって来るなんて。 ああ、殺し殺されその他は悠々自適の日々に戻りたい。 何なら私がお兄ちゃんの代わりに家の跡を継ぎたかった。 どうしてこんな事になったんだろう。 「やあ、キボウ、僕の妹よ、今日は一段と憂いを帯びた………痛ぁ!?」 お風呂から部屋に戻った瞬間に卍山下の馬鹿息子を殴りつけた。 「なんで君は出会い頭に僕を殴るんだ?頭がおかしいのか!?」 「うっさい、半殺しにされたいの?あと、なんで私が妹なの?」 「何故ってそりゃ………同じ9つでも、誕生、日が………待って待って折れる折れる!なー!!!そんな位置に関節は曲がらない!!!」 「今日から私がお前の姉だ、姉と呼べ、もしくは姐さんと呼べ。」 「嫌だ!あーっ!!!わかった!お姉ちゃんお姉ちゃん!はい!満足か!?離せよ!あーっ!痛いーーー!!!!」 軽く腕の関節を外してやった。 私が妹であるのは、あの馬鹿なお兄ちゃんにだけだ。 他の誰にも、妹呼ばわりはさせない。
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