残された夏 青柳 哲也

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   翌日は朝から暑さが厳しく、朝晩の気温の差で風邪を引いた生徒も多くて、欠席の電話をいつも以上に取った。  科学を担当している同じ年の庄司は鼻風邪を引いたらしく、欠伸を噛み殺して誰も来ない科学準備室で俺が淹れるコーヒーを待っている。 「しかしさ、よくやるよな?篠原のお袋もよ」 「まったくだ」 「で?篠原有は大丈夫なん?」  鼻声で聞いてくる庄司にペーパードリップで淹れたコーヒーを渡し、自分のコーヒーを一口飲むと真剣な表情に力なく頷いて見せる。  大丈夫、とまだ言えない。  無理だ、そんな感じもしない。 「17くらいの時って庄司は何やってた?」 「俺はあれだ、前にも言ったけどアイドルに夢中でだな」 「あー、追っかけしてたんだっけ?」 「まぁね」  俺は何をやっていただろうか?  彼女がいたのは覚えているけど、ただ青いだけの日々は思い出すだけでもソワソワさせ、むず痒いものを胸の奥に広げていくだけだ。 「……篠原は、高校の思い出が母親の駆け落ちになるのか」  独り言を吐く俺に庄司は悲しそうに頷き、校内では禁止されているタバコに火を点ける。  随分と前にやめたタバコの香りを嗅ぎながら、今日来るはずの篠原のことばかり考えていた。  過去を振り返ってもそこにあるのは母親の駆け落ちだけになるかもしれない。  バカ騒ぎした青い時代が一気に冷えて、何を思い出しても母親の失踪に繋がっていくかもしれない。  それは俺が経験したこと無いことで、想像を絶することだろうと思う。そんな俺に何が出来るのか、それとも何も出来ないのか。   「とにかく普通にしてやれ」 「普通ね、それって一番難しいことだよな」 「まぁな。でもそれしかないよ。サポートはするからさ」  ちょうどチャイムが鳴る。  短い休憩にため息ひとつ、まだ残ってるコーヒーカップと庄司を残し、さっさと席を立つと自分の仕事場へと向かう。  志すものもなく、尊敬する人もいない職場は無難な毎日を過ごす俺にとってはいい環境だった。  篠原のことは心配でもずっと考えていればそれはストレスだ。気の毒だが他人事だと割り切らないとやってはいけない。  だがしかし、篠原のあの表情が心配だった。  大丈夫、とも言えない。  無理だ、とも言えない。  元々静かな生徒だが、どちらにもならないその危うさが見ていて痛々しかった。    
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