残された夏 青柳 哲也

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   賑やかな廊下を足早に歩き、開け放たれた窓から残暑の風は頰を撫でて過ぎていく。  2年4組の教室の前で足を止めると何となくいつもと違うのは、この扉の向こうにストレスの原因でもある篠原がいるからだと分かった。  無論、ストレスを運んできたのは篠原自身ではないが、今の俺にはどちらでもいいことで、かわいそうだと思いながらも厄介だと思う気持ちもあったり。  無責任な考えを誤魔化すように咳払いすると、ガラガラと嫌な音を立てて教室の扉を開けた。  よく知る生徒達が一斉にこちらを向き、そそくさと自分の机に向かう者や引き出しに何かを隠す者、話をしながら席につく者と個性豊かだ。  その中で一人窓の外を見ている篠原有は、俺が入ってきたことにも気付いてないようだった。  いつもの朝が始まる。  篠原の顔は正面に向いたものの、視線をちらりと俺に向けただけでまた下を向いてしまった。  篠原は静かな生徒だが、こうなる前はいったいどんな生徒だったのか?  考えてみれば意識したことなど無くて、元々今のように視線すらこちらに向けない生徒だったのか、それとも母親の一件でこのようになってしまったのか。  担任と言っても思い出せない。  いや、わからない。  違う、興味がなかった。  心配なのにストレスで、何とかしてやりたいのに何も思いつかなくて。  ……だから、俺は間違えてしまったんだと思う。  それは昼飯のチャイムで校内が賑やかになった午後の事。  渉と慎吾に笑顔を向けていた篠原は、一人になるとまた無表情で窓の外を眺めていた。笑っていたのが嘘のように、感情をどこか遠くに置いてきてしまったように。  色白の肌は血の気も感じず、こんなに暑いと言うのに汗ひとつかいていない。  周りを見て誰もいないことを確認し、気だるく窓に凭れている篠原に近付いた。  なんて声をかけようか、大丈夫か?とも調子はどうだ?とも。それ以外の言葉が見つからないなんて言葉のレパートリーの少なさに自分でも呆れてしまう。 「篠原!」  声をかけようと思った時、俺の脇を通り過ぎて先に声をかけたのは、1組の片野ユーマだった。  庄司のクラスでもある片野が篠原に声をかけたのは正直驚きで、少し離れた場所から様子を伺う。  教師にもかかわらずこんな事を言うのはどうかと思うが、スクールカースト最上級の片野ユーマが篠原に声をかけるのは不思議だった。    
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