残された夏 青柳 哲也

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     自分の仕事が終わると庄司の仕事を少しばかり手伝い、学校を出た頃には19時を回っていた。  静香に電話して庄司と金田の3人で松本の店に飲みに行くと伝え、金田が待つ馴染みの居酒屋へと歩いて行く。 「はー?マジかよ?片野が?」 「そうそう。俺の生徒に何をしようってんだ?お前んとこの生徒は」 「わかんねーよ。ったくよ、なんでそこで片野が出てくんだよ」  鼻声で捲したてる庄司は顔を歪ませ、大きなため息を吐いてポケットに手を突っ込んで早足になる。 「片野ユーマね、あの日本語しか話せないハーフはいじめをするとかは聞いたことないけどな」 「聞いたことないって言っても裏なんてわからないだろ?とくに今の高校生が何を考えているのかなんて俺にはサッパリだ」 「確かにな。……ただ、俺の心配っていじめより他のとこなんだよ」 「んー?他って?」  なかなか言い出さない庄司を小突き、賑やかな町に見慣れたビルが並ぶ通りに出ると、目当ての居酒屋の前には会社帰りの女たちがメニュー表を見ていた。   「はいはいはーい、皆さん入らないの?良かったら俺たちと飲まない?」 「えー!どうする?」  突然ナンパを始める庄司の尻を思い切り引っ叩き、どうしようかとニヤニヤしながら顔を見合わせる女たちに軽く頭を下げた。  古く重い木の扉を開けて庄司を無理やり店の中に引きずり込み、女たちには悪いが扉を強く閉めた。  入るとすぐに大きな換気扇の音に負けない声の店主、庄司の同級生の松本に挨拶がわりに手を上げ、焼き鳥のいい香りの中を進んで奥の座敷に向かう。 「おい、青柳!お前がいればあの女たち全員お持ち帰り出来たのによ。お前よ、これは大罪だぞ?罪を犯したんだぞ」 「庄司、店の前でナンパなんかしてくれてんじゃねーだろうな?」  体格のいい松本は太い眉を寄せ、4人分のジョッキを持ちながら俺たちの後についてくる。  庄司は松本に苦笑いを見せ、くしゃみをしながら座敷の戸を開けば、中で待っていた金田はもろに庄司のくしゃみを浴びるはめになった。 「きったねー!なんでだよ!お前はなんで手で覆わないんだよ!」 「突然出たんだよ!」  呆れる松本は仕事中にもかかわらず金田の隣に座り、俺は鼻声でうるさい庄司の隣に座る。  配られたジョッキを持つと何となく乾杯して飲み、体の大きな松本のジョッキはほとんど空になっていた。  
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