ひとつの夜に 篠原 有

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 どうしてこんな事になってしまったんだろう。  いつの間にか体は小さく震え、嫌悪感にどうにかなりそうだ。  青柳先生の手を、肌を、唇を知ってしまった僕の体は他者を受け入れない。  今から始まるのは、間違いなくただの拷問。  玄関のドアノブが勝手にガチャガチャ鳴って、僕はようやく目を開けて震える手を擦り合わせてみる。  鍵のかかったドアに蒲田はまた苛立ったらしく、思いっきり蹴られると僕もすぐに腰を上げる。近所から何か言われたんじゃ光弘叔父さんと泰子叔母さんに申し訳ない。 「早く開けろよ。鍵なんてかけてんじゃねーよ」  震える指はドアの鍵を開け、そこに立つ蒲田は僕の顔を見てニヤリと笑った。 「元気かー?」  そう言いながら遠慮も無くズカズカと室内へ入り、僕は暗い気持ちで後を追うと蒲田はソファーに座る。  さっきまで青柳先生が座っていたソファーは瞬く間に据えた匂いの蒲田に変わって、胸に広がる悲しさに呼吸するのもやっとだった。 「生意気な事ばっか言ってたわりに顔は真っ青だな」 「……お願いだから、許してほしい」 「ほー、随分と素直じゃん。目ん玉合わせると有は素直だもんな」  バカにしたように笑う蒲田はまた少し太ったようだ。  濡れたタバコのきつい匂い、僅かに残るアルコールの匂い、粘りつく視線は弱った僕を逃がさない。   「気持ち良くなろうぜ、な?」 「僕はもう」 「僕はもう青柳先生に気持ち良くしてもらったってか?」 「────ッ」  そうだもう知られているんだ。拒否権なんて無くて我慢するしかないんだ。  無遠慮に伸びてくる手に僕の震える手は掴まれ、引き寄せられると吐きそうなほど臭い蒲田の胸に抱かれていた。
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