残された夏 青柳 哲也

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   一際体の大きな松本はこの焼き鳥居酒屋の店長で、庄司の同級生だ。  注文用のタブレットを持ち、俺たちには何も聞かずにオススメ料理を頼んでいくが、このチョイスがなかなか絶妙で文句などあるはずもなく、松本の手の中にあるとタブレットが小さく見えるなとどうでもいい事を考えていた。 「いいか?くしゃみってすっげー汚いんだぞ!しかもお前鼻声じゃねーか!風邪の菌ばら撒きやがって」  おしぼりで顔を拭く金田はこのメンバーの中唯一の既婚者で、中学時代からの友人でもある。お互いに色んな話をしてきたし遊んでもきた。今は美容師をしている。  庄司は話が長いと耳の穴に小指を突っ込み耳かきすると、金田はため息吐いてビールを飲み干す。  よくこうして集まっては深酒することなく解散する。  金田と長い付き合いの中、大人になってから庄司や松本と友達になれたのはありがたい事だ。 「ところで、さっきの話だけど」  ふざけている庄司と金田の会話が途切れ、松本が四人分のビールを持ってきた時に言葉を挟んだ。  庄司はそれだけで顔を引き締めて配られたビールを手元に置き、金田と松本はふざけるのをやめて黙って見ている。 「んー、噂でしかないんだけどさ」 「どんな」 「……あんまり良くないバイトしてるってさ」 「バイト?」  金田と松本は黙ったまま。  庄司は隣で何とも言えない顔をしてビールを飲み、妙な雰囲気になってしまった。  片野の自宅がどんな経済状況なのか分からないが、庄司が言うバイトと言うのが普通じゃないことは明らかだ。 「まぁ確かな事じゃないからさ。ちゃんと分かってから教えてやるよ」 「本人に聞くのかよ」 「そんな野暮なことするかいなー。俺はお前と違ってさ、生徒と仲良しなんだぞー?お前さんみたいに寄せ付けない雰囲気なんか出してないんだからよ」  金田はビールを吹き出して今度はそれが庄司の顔に降りかかり、松本はすかさず戸を開けてバイトにおしぼりを要求する。 「さっきの仕返しかよ!あんなに汚ねぇって騒いでたのに!」 「なになに?哲也って寄せ付けないオーラ出してんのか?」 「んん?聞きたいかい?金田くん」 「是非とも聞かせていただきたい」  簡単に変わる庄司にため息ひとつ、後はいつもと同じような笑い話と仕事の話になっていく。  松本はたまに席を外し、仕事をこなしてから料理を持って戻ってくる。  会話の大半は金田と庄司の夫婦漫才みたいなものになっていき、俺はそれをつまみに笑うだけになっていった。
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