ひとつの夜に 青柳 哲也

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 肩に食い込んだ手に力がり、そのまま深く入り込んで潰してやりたくなる。  欲望を吐き出す為なら手段を選ばない目の前男が憎らしくて、その憎らしさがますます胸の中で暴れてくる。  どうして有にあんな事が出来たのか?  この写真が原因だと気付いてしまったから。 「離婚するつもりもない、結婚生活は続けたまま……どうせそんなだろ?俺にとっちゃ有は2番目のお気に入りなんだよ。楽しむなら俺もまぜてよ」 「断る」 「いやいやいや、でもさー断るなら金の都合つかない?」 「借金まみれなんだってな」 「それもこれも有が俺の仕事をぶち壊したからだ」 「有がぶち壊した?それは違うな。経営者としてお前がそれだけの存在だっただけだ」  別に目の前が真っ赤になって我を忘れた訳でもない、当然だと思ったからやった事だ。  突然で構えていなかった蒲田を思い切り殴り、簡単に吹き飛んで体はクリスマスソングを流す店先に崩れ落ちた。たまたま歩いていた通行人が驚いて小さな悲鳴を上げても遠く感じる。  当然だから殴った、ただそれだけ。 「誰かっ、警察」  暴力はいけないよ、そう聞いた事があったっけ。 「蒲田……それにお前は勘違いしてるよ」  倒れた蒲田は唇から血を流している。ゆっくりと近づきしゃがむと、何も知らない通行人やら店員が俺を押さえてきた。 「俺は……有に本気だ」  大切に思ってしまったんだ。妻がいるのに、教師なのに、本気になってしまったのだ。  どうしろと言うのだ。  気持ちを殺せ、そんな事出来なかった。  残酷だ。愛は本当に残酷なものだ。  だってその他は、いらないのだから。
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