ひとつの夜に 青柳 哲也

7/8
前へ
/191ページ
次へ
   長い時間が漸く終わりを告げたのは深夜3時を回った頃。  相手の事を一切明かすことなくただ謝り続ける事が、静香にとってはとても辛く、深く悲しい思いをさせているのはわかっていた。でも、何も言わない。  これが愛した女にする事か?こんな最低な男なんているんだろうか?そう思うのに有を守らなければとも思う。    でもその思いは、生徒に手を出した事を隠したいという後ろめたい気持ちもあったのかもしれない。  父親の運転する車内には、母親の啜り泣く声しかなかった。  時おり通り過ぎて行く車から賑やかな音楽が聴こえてきて、ふと昔を思い出した。  最初の頃、有を助手席に乗せて車を走らせている時、彼はよく窓の外を見ていた。  まるでテレビでも見ているように心はどこか遠くて、でもじっと見続けて時を待つ。  きっと有も今の俺と同じように此処にはいなかった。遠い世界を何も考えずに淡々と過ぎていくのをただ傍観する。でも外の世界に入りたいとも此処から出たいとも思っていない。  運命を受け入れ切れずとも、もがけない。  これからどうなる?  これからどうする?  これから、何が待っている?  考え出したら切りがない、俺の罪はただ粛々 と判決を待つばかり。  だがもう、決断は下される。  久しぶりの実家は相変わらず丁寧に庭木が整えられ、まだ父親が土日の休みを使い庭弄りを楽しんでいるのが分かった。  降り立つとだいぶ気温が下がっているようで、刺すような痛みに肌が切れていくようだ。  育った家はバカ息子の行動に慌てていたらしく、玄関の引き戸も鍵すらしていない。  そんな事咎める側じゃない俺は、何も言わずに二人の後に続き、後ろ手に戸を閉めると前を歩いていた母親が振り返った。 「……哲、也……哲也ぁ」  上がり框に座り込み、両手で顔を覆い泣く。  ごめん、申し訳ない、そんな言葉も出てこないのは、それじゃ足りないのをよく分かっていた。 「もういいから寝ろ」  そう吐き捨てるように言って寝室へ向かう父親に促され、母親を抱きしめて立ち上がらせると二人でまずは茶の間に向かう。  何度も何度もティッシュで鼻をかんで、やかんで沸かしたお湯を急須に入れるとお茶を淹れてくれた。 「……寒くなったけど体は大丈夫?」 「うん……お母さんは」 「お母さんなんて何年振りだろ、哲也に言われたの」 「そうだっけ?そうか、ずっとちょっととしか言わなかった」 「それでも良かったんだけどね。でも言われると私は哲也の母親なんだなって思う」  疲れた表情でいつものように微笑んでくれる。昔よりもふっくらした母の手が湯気の立つ湯呑みを両手で包み暖を取る。   「ごめん……」 「……いいのよ、貴方は私の子供なんだから」  泣いてるのにこんな時でもそう口にする。深い愛情をもらいながら何不自由なく生きてきたのは、間違いなく母の存在が大きい。  けして無口でも頑固でもないけれど、俺が間違えてしまいそうな時は本気で怒る父だってやっぱり大きな存在だ。  
/191ページ

最初のコメントを投稿しよう!

519人が本棚に入れています
本棚に追加