残された夏 青柳 哲也

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     帰りは金田と二人だけになった。  昼間の暑さは何処へやら、今の時間は風も冷たくて確実に夏は終わろうとしているのがわかる。 「そう言えば哲也の生徒大丈夫なのか?母子家庭の母親がいなくなったとかって」 「大丈夫とは言えないけどまぁ、何とかなるだろ」 「そうか。大変だろうな、精神的な面も金銭的な面も」  何とかなるはずは無いけれど、大人になってからこの言葉をよく使いその場を凌ぐのが増えた気がする。  そして今の金田との会話で引っかかるものもあったのに、後ろのポケットに入れたスマホが着信を知らせてきたことで小さな引っかかりも消えてしまった。  着信は静香からのもので早めに帰れとの事だった。怒っている様子はないが、明日もまた仕事なのかと思うともう一軒行きたくなってくる。 「なぁ、哲也」 「ん?なんだ」  何処かいい店はないかと辺りを見回していると、金田は空を見上げながら大きなため息を吐く。 「俺さー、パパになるよ」 「え?」 「まだ三ヶ月で安定期にも入ってないからさ、他の二人には黙っておいてくれ」 「……あ、うん。……おめでとうございます」 「どーも」  あまりに突然の事で驚きの方が大きかった。  同級生は父親になった奴らもたくさんいるが、昔からバカをやってきた友達が父親になるとはとても不思議に感じる。 「結婚して二年、待望の赤ちゃんな訳だけどさ。……なんて言うの、こう……心の準備ってないもんなんだよな。え!出来た?みたいな。嫁からすれば、やる事やってんだから当たり前!みたいなさ」  「嬉しいけどちょっと待て、か」 「そうそう。嬉しいんだよ。男の子かなー女の子かなーって思うしさ。でもふとした瞬間に恐ろしさもあるって言うかさ。こんなの嫁には言えねーな」 「言わなくて正解だ。大丈夫だよ、お前はいい父親になる」  野球部でエース、部活に明け暮れていた少年は美容師となって今度は父親になる。それだけ俺たちは年を重ね、昔とは違う悩みに考えを巡らせている。  過去の経験や知識が確かにあってこうして今ここにいるのだろうけど、自分が思うような大人になっているのかいつ答えは出るのだろう。  金田と飲みには行かずしばらく立ち話をしてそこで別れると、真っ直ぐ帰る気にはなれなくてあてもなく歩いた。  客引き、酔っ払い、キャバ嬢、サラリーマン、チンピラ、警察官、未成年者、見覚えのない顔の群れ。  そんな中、記憶と重なる顔にドクンと心臓が鳴った。    
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