眠れぬ夜を抱いて

3/23
前へ
/191ページ
次へ
 光弘叔父さんが住む自宅は僕が中学生の夏頃にリフォームされ、その頃に一度母さんと訪れて以来だった。  リフォームとは言っても水回りと窓のみで、母さんと来た時は何処が違うのか気付かないまま過ごしたように思う。それに元々そんなに来た事はなかったから、綺麗になったと感激する母さんの隣でかき氷を食べていたはず。  記憶の片隅にも残ってない馴染みの無い家、玄関前の砂利に足を踏み入れればスニーカーの底で音が鳴る。  玄関脇に植えられた大きな木は葉っぱ一枚残ってなくて、何の知識も記憶も無い僕には何の木なのかも分からなかった。  玄関の鍵を開けた光弘叔父さんの後ろを歩き、一歩家の中に入れば知らない匂いに緊張が増す。こんな事ならやっぱり家に居たい、ここに僕の居場所なんて無いのだから。 「帰ったぞー」 「はーい!」  光弘叔父さんの奥さんである真美さんの活発な声が家の奥から聞こえてきた。同時にバタバタと足音がして、玄関左手のフクロウの長い暖簾の間からクリクリした目が僕を捉えた。 「こんにちは……すみません」 「久しぶりじゃないの!大きくなって。何よ、すみませんなんて」  あぁ、そう言えば真美さんは本当に元気で声の大きな人だった。  母さんがよく言ってた。真美さんが光弘叔父さんのお嫁さんになってくれたのは本当に幸運だったのよって。  光弘叔父さんが幼い頃は色んなストレスを我慢してしまい、昔は爪を噛む癖がついてしまったと聞いた。お婆ちゃんが何度注意しても、本人が自分で注意しても自然と口元に指が近付いて爪を噛んでいる。  大人になるまで続き、外では無くなったけど家の中ではたまに見かけたと。でも真美さんと出会ってからはそれも簡単に無くなったとか。色々考え過ぎて決断出来ない叔父さんの代わりに、あっけらかんと即決して豪快に笑う。  母さんは真美さんのこと大好きだと言ってた。  真美さんのクリクリした瞳は本当に真っ直ぐで、僕を汚い物として見ているようには思えなかった。勿論本当は思っているのかもしれないけど、大きくなったけど細過ぎると手首を掴む手はとても温かった。    一通りの挨拶を済ませて光弘叔父さんに促され、自分が使う部屋を案内されて愕然とする。  室内には自分の家にあったものが数多くあって、その中には青柳先生と一緒に買ったクリスマスツリーも飾られていた。  和室に飾られたクリスマスツリー、早く会いたい気持ちがより一層強くなる。 「必要そうな物は持ってきたつもりだ。まだあるなら取りに行こう」 「携帯だけ」 「……有、その男からまた連絡きたらどうするんだ」  蒲田なんてどうでもいい。  でもその言葉をそのまま伝えてしまえば自分を大切にしていないと判断される。自分の身に起きたことを簡単に捉えていると思われる。 「……もう二度、会わないから」 「脅迫されたりしたら今度こそ警察に言うか?」  出来るだけ光弘叔父さんを真っ直ぐに見つめ頷くと、叔父さんは少し表情を緩めて泰子に言っておくとだけ口にした。
/191ページ

最初のコメントを投稿しよう!

519人が本棚に入れています
本棚に追加