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光弘叔父さんの自宅は二階建ての全和室だった。昔ながらの家を綺麗に使い、木枠だった窓もリフォームの時に直されている。
入院しているお爺ちゃんの部屋にはお仏壇が置かれ縁側はもある。そこから見える小さな庭はとても殺風景ではあるけれど、春になればお婆ちゃんが植えた芝桜が見事に咲くとか。
忙しい二人はリフォームの際に庭を無くそうかと思ったらしいが、芝桜の為に手を付けるのをやめたと教えてくれた。
何もない平和な時間だった。
暖かくて気遣ってくれる二人の為にのんびりしているように見せて、でも心の中では膨らんだ果実がパンパンになって腐り落ちそうで、不安だった。
母さんがいなくなってからこんなに長い時間青柳先生と連絡を取らない日は無かったから。
早く、早く、早く。
「そう言えば僕、喫茶店でバイトしているんです」
「喫茶店?ウェイターしてるの?」
真美さんは色んな話を興味津々で聞いてくれる。僕は真美さんの言葉に頷くと少し困った表情を浮かべた。
「バイト先に……連絡しないと」
「そうね……暫く休むって言える?」
「でもマスターかなり年寄りなんだ。だから行かないと倒れちゃうかも」
「バイトって有くんだけなの?」
「うん。僕だけ」
「それは困ったわねー。じゃあ、自宅の電話から連絡してみたら?」
青柳先生とどう連絡を取ればいいのか考えた結果だったが、青柳先生の携帯番号は僕の頭に入ってない。煉瓦の電話番号も同じで、文明の利器に頼り過ぎた結果思う通りに動けない。
渡された電話帳にも大宮の店は載っているけど当たり前だが煉瓦のは無い。インターネットさえあれば何とかなるのに。真美さんの携帯を借りていいものかどうか。
「あった?喫茶店の番号」
「無い。すみません真美さん携帯で調べてくれませんか?」
「いいよー」
取り出したのはガラケーで真美さんは私にはこれで十分だと笑う。器用に片手で操作するとすぐに見つける事が出来たらしく画面を僕に見せてくれた。
「此処?」
「そうです」
メモしながらどうやってマスターに青柳先生へ連絡を取ってもらおうか考えていた。それとも煉瓦にさえ行けば青柳先生と会えるかもしれない。
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