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光弘叔父さんが昼寝を始め、真美さんが近くのスーパーに行く間に電話を借りることにした。お茶の間と台所の間に伸びる廊下に白い固定電話があり、深呼吸しながら受話器を耳にする。
メモさせてもらったボタンを押して暫く待つと馴染みのあるぶっきらぼうな声が聞こえてきた。
「はい、煉瓦」
「マスター?僕です。篠原有です」
「おー、有ちゃん!どうした?体は大丈夫なのかい?」
「すみません、何の連絡もしないで」
「んな事は気にしなくていいんだよ。哲也から聞いたよ、かなり酷い風邪らしいじゃないか」
マスターの口から青柳先生の名前を聞いて心拍数が上がる。それに青柳先生は僕を気遣い、マスターに話してくれていたんだと心が熱くなった。
「体はもう大丈夫なんですけど、親戚の家に連れて来られてしまって……」
連れて来られた、その部分は眠っているはずの光弘叔父さんに聞こえないよう声を小さくした。
それにどうマスターから青柳先生に連絡してもらおうかさえ思い浮かばないまま、このタイミングだと思い電話してしまった為、親戚の家にいるなんて言ってしまえばマスターも休めと言うはず。言った後にしまったと思った。
「そうかぁそんなに悪いのか。病院には行ったんか?」
「はい……」
「そうか、それなら安心だ。後はゆっくりするだけ。あ、ちょうどさっき哲也が来てね」
「……ッ!先生が?」
鼓動は痛いほど高鳴る。
青柳先生……青柳先生……今の状況なら先生への伝言も何とかなるはず。
「有ちゃんと連絡が取れないんだけど、俺ん所に連絡きてないか?ってね」
「先生が……」
「おーよ。それでもし連絡きたら伝えてくれと言われたんだ。いいタイミングで電話くれたよ」
苦しくなるほどの鼓動に視界まで小さく揺れる。
「うちの店から有ちゃんの家に送った時、何かを忘れたとか何とか言ってたな。それが何なのか何て言ったのかなー、嫌だね年を取るってのは」
本当は忘れ物なんて無い。青柳先生もマスターに何か言ったのだろうけど、マスターはそれが何なのか必死に思い出そうとしている。
「はい、忘れ物なら確かにあります。教科書か何かだったと思います」
「そんな物だったかなー。忘れてしまった。いや、教科書……違ったような、そうだったような」
「大丈夫です。それで青柳先生はいつ取りに来れるとか言ってましたか?」
先を聞きたくてマスターの思い出そうとする声を遮り、僕は早口になる。マスターにも光弘叔父さんたちにも失礼だと思うのに、考えるよりも先にいつでも家に帰ると心が決まる。
「クリスマスイヴ。24日って言ってた。そりゃお前ダメだろうと俺は言ったんだよ?若い子なんだからクリスマスイヴに担任の面白くない顔なんて見たくねーだろって」
「……クリスマスイヴ」
「失礼な奴だよな?だから生徒にも嫌われるんだって言ってやったよ」
豪快に笑うマスターの声はもう僕の耳に入ってこなかった。
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