眠れぬ夜を抱いて

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 クリスマスイヴ、途端に世界が変わった気がした。  光弘叔父さんが用意してくれた部屋に入り、青柳先生と一緒に選んだツリーを見詰める。  蒲田の事なんてすっかり忘れ、処方された薬すら飲まずにずっとツリーを見ていた。  松本さんや庄司先生、そして金田さんと青柳先生、その4人に加わって松本さんの別荘へ行く約束をしていた。こんな状況じゃ無理かとも少し諦めていただけに、僕はますます浮ついた。  旅行する準備も頭の中で繰り返し、一泊ならそんなに荷物はいらないだろうと考え直す。  でもスポーツバックが泰子叔母さんの自宅にある。泰子叔母さんの家はここから遠くないはずだから自分で取りに行ってもいい。  一度考えたら止まらなくなって、今から行ってしまおうと時計を探した。いつもなら自分の携帯で時間を確認していた為、この時になってもやっぱり携帯は生きていくためには絶対に必要な文明の利器だと心底思った。  サイフには1000円ほどしか残ってない。  真美さんにお金を貸してとは絶対に言えないし、こうなったら歩いてでも泰子叔母さんの家を探し出さなければ。  コートを着て静かに外に出ると、土地勘が無い為に玄関先で迷ってしまう。  駅にさえ着けば何とかなるはず、そう思って適当に歩き出して電信柱の住所を見る。  こんな時にもやっぱり携帯が必要だということだ。あの端末さえあれば何もいらない。  暫く歩くと住宅街を抜け、会社や飲食店が増えてきた。これなら絶対に駅は近いはず。でも泰子叔母さんて何処に住んでるんだろう、そう思い足が止まる。  親戚だから、家に行ったことがあるから、そんな事を並べ立てても結局は住所が分からなければ行けないじゃないか。  ぷらぷら歩く足に力が入らなくなって、疲れたわけでもないのに何となくベンチに腰掛けた。  完全に浮かれてこんな場所まで来てしまった。  まるで子供だ。後先考えずに家をこっそり抜け出して、行く宛もなくベンチに座る。何処に向かえば正解なのかすらわからなくて、この場所が何処なのかも分からない。  早く家に帰りたかった。  早く知っている場所に戻りたい。  泰子叔母さんの自宅を思い出そうと思っても、母さんの後ろを追いかけているだけだった子供の記憶はあまりに曖昧で全く分からない。  下手すれば僕がイメージしているだけの家で、泰子叔母さんの自宅はもっと違うのかもしれない。 「最悪だ〜」  思わず声が漏れてしまう。  やっと青柳先生と連絡が取れそうなのに、このままじゃクリスマスイヴまで声も聞けないかもしれない。  そう考えると居ても立っても居られないのに、知らない土地が容赦なく立ちはだかる。
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