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家に帰ると真美さんと一緒に台所に立ち、買ってきた春菊を手早く切って支度を始めた。
昼寝というには長過ぎた叔父さんを真美さんは叱り、週末の夕方に始まるニュースを流しながら椎茸に飾り包丁を入れていく。
「えー!なんでそんなに上手なの?ねー見て!有くん凄い上手」
「お、なんでそんな事出来るんだ?」
「母さんが料理が下手で、父さんが死んだ後はいっぱいやったから」
何気なく出る自分の言葉に光弘叔父さんも真美さんも口籠るのがわかった。
そうだ、母さんか。
「すみません、母さんは余計でしたね」
「いや、余計って事じゃ……ないんだけどね」
いなくなった人間の事なんてすっかり忘れてた。そのくらい僕は平気になって成長したんだ。
それにしても真美さんは表情に全部出てしまうからわかりやすくていい、安心させたくて微笑んで見せると、真美さんはより一層悲しみを滲ませた気がした。
切り終えた食材を一度冷蔵庫に入れ、順番でお風呂に入ってから夕飯の時間が始まる。
卓上コンロに乗せた鉄鍋の中に割り下や白滝を入れ、出来上がるすき焼きは本当に美味しくて久しぶりにご飯のおかわりをした。
「そう言えば、有くんはクリスマスイヴにバイトに行くみたいよ」
「バイト?有、バイトに行くのか?」
「うん、行ってきます」
「いや、バイトなんて休めばいいだろ。こんな時に」
「マスター年寄りだから行かないと。バイトは僕一人だから」
もう何を言われても迷わない自分がいる。
どんなに心配されても、どんなにその気持ちが伝わってきても、迷いがまったく無い。
「クリスマス過ぎたらまた来てもいいですか?」
「いや、いいけどさ。大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。あと光弘叔父さん、泰子叔母さんに今すぐ伝えて下さい。高校生からスマホを奪うって事は、いじめにも繋がる重大な事なんです」
「え、そなの?」
なんで?とまた表情ですぐわかる真美さんに最近の高校生はと話して聞かせる。友達なんていないくせによくもペラペラと口から出てくるものだ、そう思っても箸は肉を挟みながら週刊誌みたいな情報を垂れ流す。
昔とは違う、昔は昔、今は今。ありがちな言葉は結構的を射た言葉だ。
「私もそう思う〜。それに渉くんと慎吾くんとも連絡取りたいじゃないの、ね?有くん」
「はい、真美さんなら分かってくれると思った。渉と慎吾は母さんがいなくなった時もずっと心配してくれて側にいてくれたんです。光弘叔父さん、お願いだから泰子叔母さんに言ってよ」
「わかった、わぁったから。何だよ真美まで」
「だって昔は昔、今は今よ。私たちの若い頃とは違うんだから」
光弘叔父さんは心配そうな表情を浮かべながら泰子叔母さんにメールを送ってくれるのを見届け、クリスマスを待つばかりとなった僕は真美さんと追加したお肉を楽しんだ。
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