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自分の鼓動が悲鳴のように耳に煩い。
先生の力強い眼差しが僕を前のようには受け入れてくれなくて、こんな事話したくないと青柳先生の手も握り締めた。
「好きだよ、有」
「え……」
「有が想像しているよりもずっと想っている」
「……好きなんて……そんなっ、言わないで……一人にしないと言って……」
好きとは言っちゃいけない、そう思ってた。
一人が怖くて、嫌われてもいいから側にいて欲しいと思った。
静香さんとたくさん幸せになってもこうして会いに来てくれたら、それだけで、僕は。
「好きだから、大切だから未来を見てもらいたい」
「そんなのいいよ!」
「幸せになってもらいたいんだよ」
「幸せなんていらない!青柳先生がいたらそれだけでいい。困らせないから、もう絶対に困らせないから……だから、一人にしないで…!」
先生の表情はずっと悲しそうで、それでもどこかスッキリしているようにも見えた。僕はどうしたら繋ぎ止めておけるのか分からないまま。
「有……俺が男に惚れるとは思わなかったよ」
そう言って強く抱きしめてくれるのに。
「どんなに辛くても、どんなに困難でも、篠原の幸せな居場所を見つけて」
耳元で囁かれた言葉は、残酷に僕を切り裂いた。
それまで涙なんて一度も出なかったのに、まるで壊れたみたいにぼろぼろと頬を伝い落ちていく。
「お願い、先生……おねがっ」
立ち上がり背を向ける青柳先生は、僕が強く掴んでいた手を離してしまう。
あぁ、どうしてだろう?
なぜなんだろう?
祈るみたいに膝を付き、みっともなく泣きながら全身で愛を乞う。
「お願いだから一人にしないで……お願いだから、大人しくするから!先生!」
でも青柳先生は何も言わず、リビングのドアを開けて出て行ってしまう。声にならない泣き声を上げ、無我夢中でその背中を追いかけた。
「先生!行かないで!おねが…!行かないで!お願いだから、お願いだから!僕を愛してよ」
この時に僕が一番欲しいものが愛だったんだと気付いた。
バカみたいに泣きながら先生の背中にしがみ付き、子供のように行かないでと繰り返して。
先生は肩越しに振り向きながら玄関を開け、眩しい日差しが廊下を照らす。その明るさがその眩しさが、僕には遠い。
「有、早く此処から出ておいで」
手を伸ばした途端に目の前が暗くなる。閉じられたドアの隔たりが恐怖でしかなくて、上手く呼吸も出来ずに泣きながらドアノブを掴んで。
でも、パニックになった僕は開けられなかった。いつも簡単に何も考えずに開けれたドアが。
「母さん!お願い!行かないで!」
もう自分が何を言っているのかも分かっていなくて。ただ、一人になったという厳しい現実だけが横たわる。
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