眠れぬ夜を抱いて

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 泣き疲れて眠り、起きてはまた泣く。  目を開ければいつもそこには、渉と慎吾がいた。  母さんの手が僕の頭を撫で、顔を見たくて目を開ければ真美さんや泰子叔母さんがいる。  夢なのか現実なのか分からない、でも悲しいのだけはちゃんと理解していて、もう二度と会えない母さんと青柳先生を夢の中でも探し続けた。  気持ちは落ち着くどころか目を開ける度に悪化していった。目の周りは涙で爛れ、顔を歪ませるから内出血まで起きて。  起きていても寝ていても悲しいなら死にたい、そう何度も口にすると光弘叔父さんは僕をとうとう精神科に入院させた。  病院にいると現実は目を開ける度に遠くになる。  泣くことも叫ぶこともなくなった頃には、自分がどうして泣いているのかさえも分からずに常に朦朧とした。  お見舞いに来てくれた時に渉や慎吾に話をすると、薬の影響で呂律がおかしくて聞き取れないらしく、二人はそんな僕を見て決まって泣いてしまう。でも自分は二人がどうして泣いているのかわからなかった。    退院したのは3月を過ぎた頃。  クリスマスもお正月もいつの間にか過ぎていて、外に出ればもう春の気配が木々の間を通り抜けている。  集中して考えられない薬を飲んでいた為、母さんの背中を追いかけて車に乗ると真美さんがシートベルトを締めてくれた。  だから、だから、色々な事があったのを知ったのは退院して薬が徐々に軽くなって物事を考えられるようになった頃。  光弘叔父さんの家に私物が増えて、僕はあの家に帰りたくなくなった頃。  いくら隠していたとしてもおかしなところが確かにあった。真美さんは仕事を辞めてずっと一緒に居て、自宅の固定電話の解約をしたりと今ならわかる事がある。  でもその時の僕はなにもわからなかった。  最初はスマホを見ても文字を読むことが困難で把握するのが難しかった。それも薬の影響だったのだが、何度か母さんの解約された携帯に電話をしたりしては泣いて光弘叔父さんに慰められていた。  でも少しずつ気持ちは落ち着ついていくものだ。  季節は春、桜が満開になった河川敷を真美さんと一緒に散歩をして、すぐにバテてしまう僕に合わせて二人でベンチに座る。  体力は少しずつ回復してきてはいるものの、考える事ができるようになれば老人よりも早くバテる自分の体に苛立ちもあった。  淡いピンクの桜が風に大きく揺れ、太陽は優しくて分厚い雲がすぐにかかり辺りを薄暗くする。春なのに寒く、でも確実に草木は芽吹き命が誕生している。  人にとっては将来の事を考える、春はそんな分岐点でもある。  色々な事から逃れた僕には、もう何処から手を付けていいのか分からなかった。  あのクリスマスの日から自分の事なんて考えられなかったし、あの部屋をどうしようかなんて考える余裕も無かった。  それまでは文字を読むのが疲れて集中出来なかったのに、それも少しずつ回復して文字を追えるようになった。  相変わらず長続きしないものの、読めるようになればスマホを手にする時間も同様に増えていく。  渉や慎吾は直接来てくれるか電話だったが、クラスメイトの友人たちからのメールやLINEなどは一切開かずにいた。  でも、一瞬開いたメールの文字にドクンと強く胸が鳴る。
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