眠れぬ夜を抱いて

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   漸く自分の過去を話し終えた僕は、窓の外にある大きなクリスマスツリーを眺めながら泣いていた。  クリスマスは大嫌いだ。  視線を前に向けると、僕と同じように渉は泣いていて、慎吾は震えながらペンを置く。  目の前のテーブルに置かれたハイボールの氷は既に溶けていて、それを飲み干すと乱暴に袖で涙を拭いた。 「話して……スッキリしたよ」 「ごめん、こんな、聞いて……」 「うぅん……良かった」  あれからもう既に10年が経過している。  あっという間だったような、手探りでゆっくりだったような。  慎吾が雑誌編集者として働くようになってから何度もあの頃の話を、ちゃんと真実を記事にしないかと言われていた。  昔からある恋愛雑誌で読者層も幅広く、毎月題材がある。もしも、戻れるなら……今回の題材はそれだと聞いた。  渉は慎吾が記事にしないかと言う度に守ってくれたけど、僕もずっと週刊SKYの一件を許すことが出来ずにいたのだ。でも、僕が告白する事で何になる?例えば静香さんだ。  静香さんは青柳先生と結婚したばかりだった。それを邪魔しておいて、あの記事内容は全部嘘だったと、あれはちゃんと恋愛だったと聞いてどう思うのか。  でも今日、話そうと思えた。  もう、終わりにしよう、と。  そう思ったのは10年振りに訪れたこの場所。  僕が働くフレンチガレの料理長が代官山で結婚式を挙げる為、断るなんて絶対に出来ない招待に渋々だが来たのが正解だった。  就職先を宮城県仙台市に決め、そこでゼロからスタートしていった僕は、実家の大宮に帰ることはたくさんあっても東京には用事が無かった。  東京も様変わりしたし、何となく覚えている程度の街並みは苦しくもあったのだが、代官山の式場に足を踏み入れてその人に目が止まると此処に来て良かったと心底思えた。  10年振りに見る静香さんは相変わらず細く、そして笑い皺が増えていた。誰かの結婚式に旦那さんと呼ばれたのか、それとも隣りに立つのは恋人なのかは分からない。僕はその時、二次会を断り慎吾に話そうと決めた。  この決断の早さは真美さんに譲り受けたものだと思う。  大宮の高校を卒業して料理の専門学校に行き、慌ただしくなる日々に過去はちゃんと過去になっていく。  この情報社会の中で週刊SKYが出した記事は確かにセンセーショナルで周りを騒がせたが、次から次へと視線は移りこちらも過去になっていく。  時の流れは残酷だ、でも優しい一面もある。  もしかしたら青柳先生は今も残酷な時間の中に取り残されているんじゃないか、そう考えると今日は他の誰でもなく、誰にも遠慮しないで、先生だけを、そう思った。
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